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2006/05/29

横浜駅地下自由通路の孤独

イギリスへ取材旅行に行ったとき、制度学派のH氏が「社会のルール」の具体例としてあげたのが、「右側通行(イギリスでは左側通行かな)」という歩行者ルールであった。

わたしたちの最も身近なルールであるにもかかわらず、この歩行者ルールが適用されないところは、意外に多い。

横浜駅地下にある東西を結ぶ自由通路も、その一つである。ここには、左右にみなとみらい線、JR線、京急線の改札口がランダムに並んでおり、また通路自体が広いので右側通行、左側通行にこだわっていたら、いつまで経っても目的の改札口には到達できない。思い切って、通路を突っ切れば、早道なのだ。

そこで、みんなが右側通行、左側通行、中側通行入り乱れ、さらに文字通りの自由通路そのままに、道を横切ろうとする人びとが交差する。

ここで不思議なのは、衝突する人が思ったより少ないことである。だから、衝突を避けるような規則性がここには存在するのではないか、と考えてみても良いかもしれない。

このような規則性は、言葉となって、公式のルールとして考えられているわけでもないので、まったく無視する人もなかには見られる。そのことは事実であるが、多くのひとは「緩い規則性」を持っているようだ。

自然な形でそうなっているので、意識しているのか否かは、人によって異なるであろうが、二つくらいのルールに従っているように、わたしには思える。ひとつは、順行の場合、「前の人の後に付いていく」という規則性、また、相手が逆行の場合、遠目の距離のうちに、あらかじめ右を取るか左を取るか、左右に目線を効かせて、少なくとも「正面衝突を避ける」という規則性である。

だから、急に走り出す人が現れたり、横から思いがけず割り込んでくる人がいたりすると、衝突が起こってしまうのである。もちろん、映画「クラッシュ」が言うように、「ぶつかること」も重要な「出会い」かもしれないが、期待しているほど、そのような理想的なクラッシュは起こらない。

月曜日、神奈川大学の夜の講義が終わってから、この自由通路を通過する。すると、目の前に右から左から人が現れ、見事な群衆を作り出す。ブラウン運動のひとかたまりが通り過ぎていく。ひとりだなと感じる一瞬がこのときある。

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