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2006/05/11

授業の継続性とはなにか?

放送大学の社会と経済カンファレンス室には、Aさんがいて、「社交の集まり」がいつも継続されている。ほんとうの意味での「サロン」が成り立っている希有な場所だと思っている。

今日もコーヒーを淹れたというので、みんなが集まって談話に興じていた。

F先生は、いくつもの大学を経験なさって来たベテランの先生だが、「ほかの大学では学生が、だいぶ変わってきました」という。

とくに、先生と学生の関係が変質してきたのだとおっしゃる。大学では、毎週、講義を行って、学生は継続して授業に出て、総体として講義を理解するのが、一応当り前である。

ある日、F先生のところにメールが届いたそうである。いわく「先週はどのような話をしたのでしょうか。」何とコメントしてよいのかわからないほど、すごいと思う。

最近の学生は「まじめ」であるという定説がある。そのまじめさは、まじめさを通り越してむしろ残酷でさえある。日本人の働き過ぎが社会全体を破壊する場合もあるように、学生の「まじめ」は大学をも破壊するかもしれない。

彼には、友達がいないのだろうか。先日、わたしの愛読しているブログの著者であるW大学の先生のところでも、先生の顔を知らずに、違うゼミに出ていて、最後のコンパにまでついてきて、ようやく間違いがわかった、という学生がいたことを報告していた。先生と話す前に、なすすべがあるだろうと思う。

さて、さきほどのF先生がメールを受けて、どのような対応をしたのかは、ご想像にお任せしよう。

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