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2006/05/07

長期の問題と景気循環論

連休の最後に、人間が未来永劫どのような社会に行き着くのかを考えるのは相応しい気がする。心の余裕が出来、気分が大きく膨らんだところで、ずっとずっと未来に何が起こるのかと考えるのはよいことであり、たまには必要である。

100年周期でなにが起こるのか、もっと飛んで、千年周期で何が起こるのかを考えることはたいへん興味深い。

放送大学大学院の修了生で、現在東京経済大学で博士論文に挑んでいるF氏から、東京経大学会誌に載った「景気循環論の未決問題-加藤雅教授の遺したものは何か-」という読解論文が送られてきた。

やはり、景気循環論でも面白いのは、断然「長期」の問題である。ケインズは、長期は不確実だとして語らなかった、と言われているが、わからないからこそ面白いとも言える。

この論文でも、長期波動論に力を入れていた加藤氏の業績に注目している。なかでも、とくに「コンドラチェフ波動」には興味がある。ある時、科学や経済や政治や文化などの歴史が文字どおり「同期」してしまうことがあるのだ。

第1波が産業革命の軽工業期、第2波が重工業期、第3波が電気産業、第4波が石油と自動車、大量生産の時代であり、第5波がIT革命である、という説も紹介されている。

問題は、なぜ周期を描いて、ある時諸々の要因がすべて同期を起こすのか、という点である。黒点説のように、まったく外部要因で説明する方法もあるが、やはり追求してもらいたいのは、内部的説明である。

制度という習慣の積み重ねに転換が起こるには、長期の時間が必要であり、そのことで多くの人間が正当・不当にも動かされる羽目に陥ることがある。

今の社会で起こっている家族・企業・政府・コミュニティの変動は、まさに長期の問題を受け持っている。景気循環論が手薄なのは、やはり企業・産業サイドの議論が大きな位置を占めすぎている点である。それは内側・内部の説明の半分でしかない。

周期を描くのは、やはりあまり高い値を示す場合には、もっと低くという判断が社会の内部に存在するからだと思う。周期性の説明には、もっと社会の隠された重要なものを動員しなければ問題は解けないのではないかと思う。

技術革新説は有力な説だが、長期には、それが人びとによって受容されることがなければ、高みに到達することもなかったことを忘れてはいけないと思う。個別に見ていくとバラバラに動いているように見えて、じつは全体としては、ある時にすすっと周期的にみて、同期を行う時期になっている。

この辺の社会意識の変化がうまく解ければ面白いのだが・・・。現実はつねにもっと先をいっている。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。