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2006/05/03

柔軟な組織と過労死

N先生と労働についてのラジオ番組を制作することになってしまった。

勉強のためいくつかの文献を読み進むうちに、今日は久しぶりに目を開かれるような書物に出会った。大野正和『過労死・過労自殺の心理と職場』である。結論については異論はあるが、途中で述べられている内容と論理には説得力がある。

1980年代から、労働の現場では、柔軟性が追求されたり、成果主義が採用されたりして、職場が変化してきている。その典型的な現象のひとつとして、「過労死」問題が起こっているのだという。

もちろん、この説明と結論に至るまでには、多くの論証が行われており、それは実際に原本に当たっていただくことにして、今日のところは、その根本的なところの指摘を見ておきたい。

多くの視点が上がっている中で、もっとも注目したのは、職場で「どこで自分の仕事が終わり他人の仕事が始まるかがはっきりしない」という点である。日本の企業では、人的な要素を重視し、集団で職場を維持してきた。この結果、職務の境界が曖昧なままで運営されてきている。

このことは、「日本的経営」が維持され、職場の助け合いや気配りがうまくはたらく場面ではメリットであったが、現在ではデメリットとしてはたらいているとする。むしろ日本的経営の規範をまだ持っていて、「まじめで、几帳面、責任感が強い」人であるほど、そのひとりの人に仕事の負担が集中し、しかもそこから逃げ出すことが不可能である場合、過労死・過労自殺に至る可能性が高くなる。

つまり、制度の転換に、人間の転換が付いていけないことが病理現象を生み出しているという指摘である。

予想できることは、二つである。ひとつは、個人が職務区分を明確化させ、曖昧な仕事分担を廃止させることである。もうひとつは、制度の方を人間に近づけることであろう。けれども、これらの方法はこれまでメリットとしてはたらいていた「日本的経営」システムを転換させることを意味する。

日本人は、個人の変化に合わせて、制度を作りかえることが上手いとされてきた。今回もその手腕が問われている。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。