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2006/05/19

視線の過酷さ

電車のなかで、視線を感じて顔を向けると、窓に映った乗客だったりする場合がある。

面白いのは、右を向くと本物がいて、左を向くと窓に映った乗客がいるというところである。

このため、こちらを向いている人は、実際にはひとりのはずなのに、二人存在することになるのだ。二倍の視線を感じてしまう、という「過酷な」状況がある。

現実の社会での、人と人の結びつきもこれにかなり似ていると思われる。窓の代わりに、マスメディアや、インターネットが同様の効果を与えている。ひとりがふたりに見えてしまう状況は、このようにして社会の混雑さを増幅しているように思える。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。