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2006/04/16

ガイダンス

「・・・芸術家のように超然として清廉、しかも時には
政治家のように世俗に接近していなければならない。」

今年も新入生の人たちに研究のガイダンスを行う季節になった。

そこで、あいさつに託けて、上記の言葉で、「社会を研究する者と事象との関係」を話すことにした。

この言葉は、J.M.ケインズが師に当たるA.マーシャルを描いて、経済を研究するものは、かくあるべきだと述べているものであり、社会を研究するものの多面的な心構えをよく描いている。

問題は、一人の人格のなかに、これほど複数の人びとに備わっているような、しかもまったく正反対の性格を置くことができるかという点にある。この言葉が書かれているすぐ前のところで、次のようにいう。

「そういう人はいくつかの違った方面で高い水準に達しており、めったに一緒には見られない才能をかね具えていなければならない」

いろんな方面に尖って創造性を発揮することは、もちろんであるが、さらに次のようないくつかの両面性を発揮しなければならないと考えられている。

「彼はある程度までは、数学者で、歴史家で、政治家で、哲学者でなければならない。彼は、記号も分かるし、言葉も話さなければならない。彼は普遍的な見地から特殊を考察し、抽象と具体とを同じ思考の動きの中で取り扱わなければならない。彼は未来の目的のために、過去に照らして現在を研究しなければならない。」

とマーシャルを描きつつ、いわば多機能工の如くの仕事をこなすような社会科学者の要件をあげている。そして、最後に到達すべきは、

「人間の性質や制度のどんな部分も、まったく彼の関心の外にあってはならない。」

としているのである。

このことは、社会科学者が特別の才能を持っているべきだというよりは、彼はむしろ「もろもろの資質のまれなる組み合わせを持ち合わせていなければならない」というきわめて現実的な資質を必要していると言うべきである。

どうもむずかしいことに成ってしまったが、要は社会を考える者は、社会と同じ種類だけ「異なる人びととの関係」を意識していなければならないという、きわめて妥当なところに、結論は落ち着くのではないかと思う。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。