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2006/04/29

三人組織の真ん中の意味

プラド美術館展で、エル・グレコの「寓意」という絵に惹かれた。

三人(?)が描かれており、左から、「猿」、顔の白く塗られている「女性」、そして赤い帽子の「男性」。

真ん中にいる女性がタバコ(麻薬かもしれない)のようなものを持って、火をつけようとしている。最も明るく輝いている。

三人の視線は、すべてこの女性の手元に集まっているので、これが大事なものであり、絵の中心であることを表している。

この大事なものとは何だろうと問うと、文脈をはずしてしまう。この何が重要ではなく、大事なものという位置づけが重要なのだ。

この絵が気に入ったのは、三人の構図である。猿と男性(注意人物なので赤い帽子をかぶっているのだろうか?)の間に、女性が入っており、ここに意味がありそうである。

もし男女関係を描くのであれば、猿がなかに入ってきて、しかももっと小さく描かれるはずである。猿が男女関係を媒介とする、という構図になるはずである。

ところが、ここでは男性と、罪の象徴たる猿の橋渡しを、仮面顔の女性が行っているのである。

そして、これら両側のものより、この媒介者としての女性のほうが、主人公としてこの絵の中心に据わっている。

ほんとうは、この絵には、男性ひとりしか実在のものは存在しない。猿は男性の「意識」でしかないし、女性は男性の仮面であり、「象徴」でしかない。それが証拠に男性だけが絵の前面に存在し、あとの二人は背景のなかにぼんやりと漂っている。

けれども、ここで絵画生成のためには、「実在」の男性が重要な位置を占めるのではなく、象徴として描かれた仮面顔の女性のほうが重要だという位置づけが必要なのである。

1600年当時の男性が何を考えていたのか、その答えは女性の持っているものにある。

ところで果たして、このような解釈はなりたつだろうか。さらに、アレゴリー(寓意)はアレゴリーを生みそうである。

「寓意」は、以下のプラド美術館展のHPから、見ることができます。

http://event.yomiuri.co.jp/prado/works.htm

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。