トップページ | 2006年5月 »

2006年4月に作成された投稿

2006/04/30

J.デップ「リバティーン」

J.デップの『リバティーン』を妻と見た。

リチャード2世時代の詩人ロチェスター伯であるジョン・ウィルモットを描いた映画だ。王に反抗し、時代に抗い、女性を好む人生を描いている。

寓話としては、古典的だと思う。グリークの「ペールギュント組曲」などで描かれてきたように、若くして結婚するが、家から出て人生の遍歴を重ね、しかし最後は家へ戻って、結婚相手に看取られる。

現代的だと思われるのは、遍歴途中に出会った熱愛の女性が自分から離れていくが、「愛人がいやだったのではない。あなたに飽きて、退屈だったのよ」と言わせるところである。

私生児を産み、育て、自己完結できる女性を描いてしまう。本来は、こちらのほうが映画になるところだ。

デップ演じるロチェスター伯は、いかにも情けなく描かれており、作者の意図を十分に表現していると思う。

2006/04/29

三人組織の真ん中の意味

プラド美術館展で、エル・グレコの「寓意」という絵に惹かれた。

三人(?)が描かれており、左から、「猿」、顔の白く塗られている「女性」、そして赤い帽子の「男性」。

真ん中にいる女性がタバコ(麻薬かもしれない)のようなものを持って、火をつけようとしている。最も明るく輝いている。

三人の視線は、すべてこの女性の手元に集まっているので、これが大事なものであり、絵の中心であることを表している。

この大事なものとは何だろうと問うと、文脈をはずしてしまう。この何が重要ではなく、大事なものという位置づけが重要なのだ。

この絵が気に入ったのは、三人の構図である。猿と男性(注意人物なので赤い帽子をかぶっているのだろうか?)の間に、女性が入っており、ここに意味がありそうである。

もし男女関係を描くのであれば、猿がなかに入ってきて、しかももっと小さく描かれるはずである。猿が男女関係を媒介とする、という構図になるはずである。

ところが、ここでは男性と、罪の象徴たる猿の橋渡しを、仮面顔の女性が行っているのである。

そして、これら両側のものより、この媒介者としての女性のほうが、主人公としてこの絵の中心に据わっている。

ほんとうは、この絵には、男性ひとりしか実在のものは存在しない。猿は男性の「意識」でしかないし、女性は男性の仮面であり、「象徴」でしかない。それが証拠に男性だけが絵の前面に存在し、あとの二人は背景のなかにぼんやりと漂っている。

けれども、ここで絵画生成のためには、「実在」の男性が重要な位置を占めるのではなく、象徴として描かれた仮面顔の女性のほうが重要だという位置づけが必要なのである。

1600年当時の男性が何を考えていたのか、その答えは女性の持っているものにある。

ところで果たして、このような解釈はなりたつだろうか。さらに、アレゴリー(寓意)はアレゴリーを生みそうである。

「寓意」は、以下のプラド美術館展のHPから、見ることができます。

http://event.yomiuri.co.jp/prado/works.htm

2006/04/27

犬と猫を媒介とした人間関係

千葉学習センター職員の「遅ればせ」の歓迎会に出席した。今年は所長をはじめとして、三人の方が新任である。この時期になったのは、おそらく送別会と接近していたからと推測している。幕張の中華料理店で開かれ、三つのテーブルに分かれて座った。

わたしのテーブルでは、S先生が犬好きだ、という話から始まって、ペットの話題がふくらんだ。

犬族と猫族がいるよね、と尋ねると、4名のうちちょうど2名ずつに割れた。文脈は忘れてしまったが、N先生はシェパードは別格ですよね、と珍しく差別的な発言をなさるし、Sさんは、猫は癒されますよね、とほんとうにそこに可愛い猫がいるかのように話す。

じつに、犬と猫の話題は尽きないのであった。なぜ尽きないのか、不思議に思う。

気づいたのは、みんな自分のことのように、自ら関係した犬や猫を考えていて、かなり親密な関係にあるものとして語っているということである。あたかも、家族のことを話しているようでもあった。

ここで、やはり自分や家族のことを可愛いと話すわけにはいかないと思う。けれども、犬と猫のことならば、自分のこと以上に感情移入してしゃべっても許されるのだと思われる。

犬と猫は、かなり「親密」な話題としても取り上げることもできるし、同時に、「共通」の話題としても通用するのだ。こんなわけで、わたしたちのテーブルでは、親密かつ共通の「話題のネットワーク」が形成されて談論百出の状況は喜ばしかったが、かなりパーソナルな好みも明らかにされてしまったのだ。

わたしも、以前うちにいた猫の写真を公開する羽目になってしまった。けれども、その時のみんなの反応が、今いちだったのは、どうしてだろうか。

2006/04/24

ロングテール法則

「ロングテール」という言葉が流行っていて、今月号の雑誌・書籍にあふれている。

創業の20%が全体の利益の80%を獲てしまう、という「パレート法則」に対して、むしろはじめの20%よりも、ずっとあとに長く尻尾のようにつづく80%のところで、現実の利益が得られるのだ。というので、「ロングテール」法則とWired誌のクリス・アンダーセンによって名付けられたのだという。

グーグルが中小広告をロングテールに至るまでうまくまとめ成功に導いており、これの典型例として、よく紹介されている。

勝ち組と負け組という仮説に飽きてきた人たちが、勝ち組を逆転させる論理を探しており、これがうまく当てはまると考えたのであろう。

けれども、これは「パレート法則」が勝るのか「ロングテール法則」が勝るのかという単純な話ではないと思う。

むしろ、なぜロングテール部分をまとめることが出来たのか、というところに、話の核心があるように思える。

2006/04/22

卒業研究

卒業研究のゼミが始まる季節になった。まず、全員が顔を合わせるその瞬間が楽しみだ。

講義室に入っていくと、3人がすでに集まっていて、互いに話をしている。今年はなかなか良い雰囲気だぞ。お互いをまず知り、議論のソーシャル・キャピタルを作っておくことを、今年の参加者たちは自然に出来ているようだ。

神奈川や東京からの参加が大半だが、Nさんは名古屋から新幹線で加わってきた。土曜日は水泳をして、身体を整えて、それから勉強だそうである。健全な身体、健全な精神の持ち主のようで、議論を積極的に組み立て、企ててくる。

それぞれ個性豊かな方々の加わるゼミになりそうなので、半年間議論を高めていきたい。

ちょっと不安なのは、欠席者がいて、最初に加われなかったことだ。

2006/04/21

打ち上げ会

「コーヒー消費と日本人」というラジオ番組を作ったので、お世話になった人たちと打ち上げ会を催した。

たまたま、その話のなかで出てきた「日本最初の喫茶店」である下谷黒門町の「可否茶館」の近くが会場となった。現在はJRと地下鉄3本が重なるような上野の中心地である。

KさんもOさんも映画好きだったので、話題が盛り上がった。映画で集団を描く場面を話題にしていて、わたしがバスの乗客の話をすると、それにただちに反応して、Kさんが電車のなかでのエピソードを話した。これも映画的な物語だ。

深夜の通勤電車で、車掌さんがアナウンスを間違えて、次の駅名をいうべきところ、終点の駅名を言ってしまったそうである。それだけならば、疲れているな、で終わってしまうところだが、そのとき、なぜかみんなが顔を見合わせあって、微笑んだのだそうだ。一瞬ではあったが、都市が裂けて田舎に行ったような気分に、みんながなったのだそうである。

天使が微笑んだ、とでも言う瞬間が、個人に訪れることはよくあるが、みんなのところに降りてくることは珍しい。

Oさんはイランの映画の話で反応した。隣の席で本を読んでいて、話しかけられた主人公がその本の著者になりすますエピソードである。

虚構が虚構を生むことはよくあることである。けれども、それが長続きすることは少ない。途中で馬脚が現れるのだが、ときどき虚構が「真実」を呼び込むことがあるのだという。

都市の交通機関に乗るとみんな同じ方向を向いて、同じ目的地を目指しているのだが、現実はみんな違うことを考えている。

けれども、KさんやOさんの言うように、ときどきはみんな同じことを考える瞬間があるのかもしれない。少なくとも、いつでもその可能性はある。

結局、打ち上げ会は終電間近まで続いたが、みんなちゃんと帰れたのだろうか。

2006/04/20

身体的な人間関係?

朝、大学のエレベーターに乗ったところ、追いかけるように、男性がひとり乗り込んできた。

これから先は、男性の姿を想像していただきたいのだが、降りるときに、頭を横に振ったのである。

そんなにびっくりすることではないかもしれないが、本当に首が折れてしまいそうなほど、急に頭を傾けたのだ。そのようなくせを持っている友人は何人かいるので、これもそんなに珍しい光景ではないとはいえ、実際その音に驚いたのである。

首を傾けたときに、ものすごい音が聞こえてきたのだ。ゴキゴキといかにも肩がこっていて、たまらんなあ、という音が。

そして、その後は何事もなかったかのように、さっぱりとした顔をして出て行ったのには、二度びっくりしたのだ。おそらく、それで物語が終われば、ロビンソン・クルーソー状態であり、ここに紹介するまでもないのだが。

安易だナー、といつも反省はするのだが。

人間は、とくにわたしは、びっくりするとすぐまねをしたくなるのだ。この世のものとは思われない音が、常日頃は出すことがなく、絶対にまねをしたくらいで、そんな音が出るはずがないと思いつつ、まねをしてしまうのだ。

人間の本質は、「まねする猿」であって、ロビンソン・クルーソー的合理主義にはできていないのだ。

三度びっくりしたのは、あのこの世でふたたび聴くこともないと思われた音が、わたしの首からも出たのだ。

以来、何度かひとりの時に、同じように首を傾けてみるが、あのときほどの音が出たことは今までにない。あくびでは連鎖反応が起こるが、このような首の身体関係でも起こるとは、これまで考えたこともなかった。

2006/04/19

雑談の「ルール」

雑談にも法則性のあることがわかった。

社会と経済専攻の先生方は、仕事が一段落すると、Aさんが取り仕切るカンファレンス室へ集まってくる。

雑談はそこで生じるのだが、見ていると、この雑談はかなり長く続くことがある。みんな話し好きで、次から次へ話題が沸いてくる。

もちろん、話題の提供は雑談が発生する場合には欠かせない。けれども、始まってからは違う法則性が支配する。それは、「参加の出入りが自由である」ということである。

目的のある打ち合わせでは、このような自由は許されない。けれども、雑談のみ、出入りが認められている。次から次へ人が加わり、そこから出て行く。ふつうはそれで話が切れてしまうのだが、雑談はそれでも続く。

したがって、続くためにはさらにルールを加えなければならない。それは、一人の人が抜けても、話が続くような抜け方をしなければならないという規則である。

そして、最後に全員が一斉に雑談から退出して、めでたく雑談は終焉を迎えるのだ。

2006/04/18

フォークの起源

F先生とT先生と、例によってAさんを交えて、マナーについて雑談をしていると、中東研究者のT先生が、フォークはたしかトルコで生まれたもので、ヨーロッパに入ったのは、数世紀前で新しいマナーだ、と教えてくれた。

外国人と食事をしていると、必ずナイフとフォークの使い手がいて、あらゆることをナイフとフォークで済まそうとする。これは、わたしたちから見るとたまらんと思える、と話していた。

T先生の話が本当ならば、数世紀前までは、手づかみが正式のマナーで、だれもナイフとフォークなど気にしていなかったのだ。

フォークは「見せびらかし」の産物で、貴族がご馳走を食べることから発達し、それを庶民がまねをしたというのが正しい。

そうなると、フォークは物質的な必要性から出たのではなく、精神的な産物といえよう。ところで、「はし」の発生について、ご存知の方はいるだろうか。

2006/04/17

もぐりの学生

これまで2、3回会ったことのあるQ君が講義室の一番前の席に座っていた。一緒に喫茶店へ行き雑談をしていると、「もぐり受講」について、どう考えるかと問うてきた。

Q君は常習のもぐり学生で、あちこちの大学を回っているらしく、それが自分の存在理由のひとつともなっていると、失礼ながらわたしは思った。

どうも、わたしのところに来る直前に、ほかの先生の意見も求めたところ、真っ向から否定されてしまったらしい。

理由として、「講義授業は『売りもの』であり、ただで聴くのはフリーライダー(ただ乗り)に等しい」ということを、その先生は主張したのだという。支払っている学生と支払わない学生との公平性の観点から見ても、やはりおかしいとも言ったのだそうだ。

彼は怒りと意気消沈とが一度に押寄せている状態になっているらしい。確かに、Q君が腹を立て感情を高ぶらせるのも分かるけれども、Q君にもまったく非がないわけではない。

このテーマは、先生と学生との結びつきを考える上で、たいへん面白い観点を含んでいると思う。

先生は何のために講義を行っているのか、という根本的な問題がそこにある。もちろん、受講者に対して高等教育の知識を伝達していることは間違いない。また、先生もそれで口に糊していることも確かだ。

が、それだけに終わらないのだとわたしは思う。講義に対して、授業料が支払われる以上のことがなければ、先生も講義を行う理由が半減するし、学生もつまらないと思う。それ以上のものとはなにか、ということはたいへん難しいところである。

Q君が言うのは、授業料収入では大学はやっていけず、税金が投入されている。だから、もぐり受講を行う正当性があるのだという。支払の観点だけならば、この意見は正論である。

けれども、やはり大学というところはそれ以上の何ものかであってほしい。少なくとも、社会全般の文化水準を担っているのだという自負がなければやっていけないのではないか。

あえて言えば、もぐり受講を呼び起こすほどの何かが起こらなければ、つまらないと思う。

2006/04/16

ガイダンス

「・・・芸術家のように超然として清廉、しかも時には
政治家のように世俗に接近していなければならない。」

今年も新入生の人たちに研究のガイダンスを行う季節になった。

そこで、あいさつに託けて、上記の言葉で、「社会を研究する者と事象との関係」を話すことにした。

この言葉は、J.M.ケインズが師に当たるA.マーシャルを描いて、経済を研究するものは、かくあるべきだと述べているものであり、社会を研究するものの多面的な心構えをよく描いている。

問題は、一人の人格のなかに、これほど複数の人びとに備わっているような、しかもまったく正反対の性格を置くことができるかという点にある。この言葉が書かれているすぐ前のところで、次のようにいう。

「そういう人はいくつかの違った方面で高い水準に達しており、めったに一緒には見られない才能をかね具えていなければならない」

いろんな方面に尖って創造性を発揮することは、もちろんであるが、さらに次のようないくつかの両面性を発揮しなければならないと考えられている。

「彼はある程度までは、数学者で、歴史家で、政治家で、哲学者でなければならない。彼は、記号も分かるし、言葉も話さなければならない。彼は普遍的な見地から特殊を考察し、抽象と具体とを同じ思考の動きの中で取り扱わなければならない。彼は未来の目的のために、過去に照らして現在を研究しなければならない。」

とマーシャルを描きつつ、いわば多機能工の如くの仕事をこなすような社会科学者の要件をあげている。そして、最後に到達すべきは、

「人間の性質や制度のどんな部分も、まったく彼の関心の外にあってはならない。」

としているのである。

このことは、社会科学者が特別の才能を持っているべきだというよりは、彼はむしろ「もろもろの資質のまれなる組み合わせを持ち合わせていなければならない」というきわめて現実的な資質を必要していると言うべきである。

どうもむずかしいことに成ってしまったが、要は社会を考える者は、社会と同じ種類だけ「異なる人びととの関係」を意識していなければならないという、きわめて妥当なところに、結論は落ち着くのではないかと思う。

2006/04/15

ソーシャル・キャピタル

T先生とソーシャル・キャピタル(SC)について話した。SCとは、人びとが社会活動を行う場合に共通の基盤となるような信頼や、規範のようなものである。

これまでにも、T先生との間で何度か話題になってきたことだが、今回は特にたいへん興味を持った。

発展途上国では、二つのSCがある。「古いSC」と「新しいSC」である。SCの蓄積が経済発展を促進することがよく知られているが、それは時と場合によりけりである。

コミュニティが残り、古くから醸成されてきているSCが強く残っていれば、それを活用した経済の発展する可能性は十分あるはずである。ところが、往々にして、「古いSC」がそのまま残っている地域ほど、それがむしろ足枷となって、かえって発展が遅くなる。

それに対して、「新しいSC」がうまく形成されている地域ほど、SCの存在しない地域よりも発展がうまくいく場合が多いのだという。

もちろん、「古い」と「新しい」という時間がどのくらいのことをいうのかなど、いくつか問題はあるのは事実である。けれども、次の例などは、「新しいSC」がうまく形成されているところでは、社会活動が活発になることを示していると言えるだろう。

たとえば、市場の形成などを考えれば、取引にかかわる「信頼」が古い体質のところでは阻害される場合があるのに対して、新しい取り決めがすんなりと受け入れられ、人びとの取引規範が速く形成されるところでは、市場も有効に機能するだろう。

ほんとうはもっと具体的で、楽しい話をたくさん聴いたのだが、それはT先生の論文で見ていただくことにしよう。

2006/04/14

ホーム図書館の勧め

ホーム図書館を持つとたいへん便利だ。そして、どういうわけか、そこに入ると落ち着くことがある。

今日、わたしたちの住んでいる都会あるいは農村では、一つの街にほぼ必ず一つの図書館が作られるようになった。

けれども、週のうち一度は必ず3時間ほど過ごしたいと思わせるような、居心地の良い図書館はなかなかない。

もしこのような図書館があれば、かなり幸せな時間を過ごすことができるだろう。

なぜ図書館では、落ち着く感じがするのだろうか。一つは、昨日書いたことに関係するが、過去の人に出会えるからである。

新たな人とのつきあいは、たいへんくたびれるが、慣れた人とのつきあいは安らぐ。とりわけ、ホーム図書館と呼べるような親密な図書館では、いつもと違った時間が流れているように思える。

それは、ぷーんと匂ってくる書物の香りのせいかもしれないし、本に積み重ねられた歴史のせいかもしれない。けれども、確実に言えるのは、言葉の幅広い宇宙が存在し、奥深い知識が過去の人びとによって語られているのを見ることができるからである。

それは、何物からも得られないような期待があるからである。

2006/04/13

過去の人びととの関係

人生が半分以上過ぎると、どのような心境になるのか。子供のころから、想像してきた。つまり、半分以上過ぎるということが、どのような事態なのか。

一つは人間関係が変わるかという点である。おそらく、過去の人との関係が減って、現在の人間関係が増えていくということだろう。

あえてそれでも、もしわたしが過去の人たちとの関係を、現在持とうとしたら、どうしたらよいのだろうか。

もちろん、忙しい現実のなかでは、そもそもそのような必要性があるのかということすら、どのようにして確かめるのかも定かではないのだが。

墓や郷土との関係には、確かに現在でも、かなりのつながりがある。思い起こして、過去の思い出のなかで、過去の人に会い、関係をつないでいく。それは現実的な必要性だ。

その他に何があるのかと考えると、愕然としてしまう。頭のなかには明日のことしかない、という現実は、結局過去を忘れていくということに他ならないのだ。

何か方法はないだろうか。過去の人びととの関係を増やしていくにはどのような方法があるのだろうか。

2006/04/12

対立するときの身体関係

昨日は、同じ向きを向いている組織について考えた。今朝、長距離バスに乗って気が付いたが、ここでもみんなが同じ向きを向いている。

電車のホームに劣らず、同じ方向を向いて同じところを目指しているが、決してみんな同じ心をもっているわけではない。みんな違うことを考えている。

それでは、反対にまったく180度違う方向を向く場合は、どのような関係なのかと考えてみた。

二人の間の関係で、なにか真剣に話をする場合に、互いに向き合う姿勢をとるのではないか。

恋愛している二人、あるいは完全に対立している二人、このような人間関係は、まさに文字通り、相対立する方向を向き、意見でも対立することになる関係となる。

じつは今日、身近なところで、喧嘩をする場面に遭遇したのだが、そのときにはまさに、相手の目を見据え、対峙する姿勢を二人とも保っていた。ああ、緊張したなあ。

2006/04/11

同じ目的を持った人びと

電車のホームに並んでいる人びと(ここには自分も含まれるのだが)をみていると、ときどき不思議な気分になってくる。

みんな同じ方向を向いて、あたかもみんな何かを合意したかのように並んでいるのである。

ふつう同じ方向を向いていて、同じ目的を持っている場合には、それで立派な組織が形成されていることを意味する場合が多い。

組織のことを論じている書物では、同じ目的を持っていることが「組織」の条件となっている。

ところが、ホームで同じ方向を向いて並んでいる人びとも、電車に乗るという同じ目的を持っているのだが、これらの人びとは決して組織とはいわない。電車に勇んで乗ってくる単なる群衆に過ぎない。

にもかかわらず、なぜかこのホームで電車を待つ人びとは現代の何かに似ているのである。

これらの人びとを組織とは呼ばないにもかかわらず、じつは現代の組織にそっくりなのである。同じ目的を持っているにもかかわらず、電車に乗ってしまえば、みんなバラバラのことを考えている。まさに、現代の組織に似ているのではなかろうか。

すこしニヒルな観察だったかな。

2006/04/10

「もか」のコーヒー豆

娘に吉祥寺の「もか」から、コーヒーの豆を買ってきてもらった。

そうそう、この味この味。

三鷹のぼろ家に住んでいた頃、散歩して玉川上水沿いに井の頭公園に入り、吉祥寺へ抜ける際に、「もか」があった。

当時はまだ喫茶店もやっていて、友人と話すときに、この喫茶店を利用したのだが。

あるとき、「お客さん、喧嘩するなら、出て行ってください」と言われてしまった。議論に夢中になって、周りを憚ることを忘れてしまうことがよくあったのだ。

ほかの店なら、学生のことだと大目に見てくれたのかもしれないが、この店は違った。おそらくコーヒーの味にさわると言うことだろう。それくらい、この店ではコーヒーを飲むことだけのために、喫茶店という空間が開かれていたのだと後々思った。

人が中心にあるのがふつうの喫茶店なのだが、ここではコーヒーが中心を占めていた。コーヒーがメディアとなって人びとを集結させていたのが、この「もか」なのであった。

今日では、中心となる都を「メッカ」と呼んでは行けないそうだが、あえてコーヒーの場合なので使わせていただくならば、まさにここはメッカであり、コーヒーが存在するからこそ人が集まるところとなったのだ。

コーヒーは人と人を媒介する。この関係は、これからも追究してみたい。

2006/04/09

思い出のなかのつながり

一昨日、NHKの番組で「フォークの達人」を見た。1970年代はじめによく聴いた「カレーライス」を遠藤賢司が歌っていて、ほかの人には絶対に歌えない節回しを保持していた。フォークだとか、ロックだとか、本人達はあまり意識していないのだろう。

さて、これらは思い出である。現実には、ふたたび聴くことはなかった歌である。

ちょうど一年ほど前には、同じ頃活躍していた高田渡がなくなった。旅先で急死したのが、4月だったと思う。なのに、記憶のなかには、未だに鮮明に、彼の姿が焼き付いている。そこに実在していないにもかかわらず、かなりのリアリティをもって記憶に残っているのだ。

覚えているのは、1971年の中津川フォークジャンボリーでの姿である。もちろん、歌は印象にあったのだが、それ以上に、奥さんを連れて歩く姿に、生活のあり方が現れていた。年を取ってからの柔らかな印象はなく、生意気盛りのお兄さんという感じだったのが、いまから思えば不思議な感じだった。つまり、若い高田渡は、似合わないと言うことだ。

好印象を持ったのは、その後10年以上も経ってから、吉祥寺の街を歩いているところを見かけたときである。

すでに白いものの混じったヒゲがあり、しかも子供の手を引いてギターを片手に運んでいた。まだ歌っているのだとわかって安心した。

それから、近年になってから、時々テレビで眠りながらでも、やはり歌っていて、やっているなあと尊敬するようになった。

悠々として持続することは、やはり感動的であり、それからまさに、歌の内容が「持続」ということに似合っている。

もう少し、もっともっと生きて欲しかった。80歳になってもギターを抱えて、街を渡り歩き、同じことを繰り返して欲しかった。

このように思える歌手が日本にはどれくらいいるのだろうか。今も、かれとの(記憶上の)関係は続いているのだ。

2006/04/08

趣味の同じ人を見つけるには?

趣味の同じ人を見つけるには、

    八百屋さんの店先に立って、バナナを買う
        人を探すというのも悪くはない。

    洋服屋さんの店に行って、青いセーターを
        探す人を見つけるのも良いかもしれない。

    けれど、本を読んでいて気づいたのだけど、
    やはり同じ本を読んだ人を探すのが手っ取
        り早い。

図書館から借りてきた本には、それを読んだ人たち
の思いが染みこんでいるように思える。本を借りた
人たちの連鎖を辿れば、もっとも速く、同じ趣味の
人たちのサークルを発見できる。

    一冊の本があれば、それをめぐる同じ趣味
        の人びとのネットワークをいとも簡単に見
        つけることができるのだ。

    しかし、忘れてはならないのは、図書館の
        貸出制度だ。これがなければ、およそサー
        クルは完結しないし、連環を成すこともな
        かったであろう。

今日見た人びとの結びつきは、表に現れることはな
いけれど、もっとも素敵な人びとの結びつきなのだ。

2006/04/07

人と人のつながり

ここでは、人と人のつながりを観察しようと思っています。

日常生活のなかで、見過ごされるような人間関係が数多くあり、その関係の多くは言葉で表現できないようなものが多い。

それらを観察して、出来る限り言葉に置き換えていきたい。最も身近な人との間にも、また最も遠くの人との間にも、意外な関係が見つかるかもしれません。

そういえば、昨日の食卓に、さばの塩焼きが出ました。脂の乗った美味しいさばでした。このさばはわたしと漁師とのあいだを取り持ったことになるのでしょう。

一度だけの関係でしたが、さば的な、恵み多い関係があったのです。

さて、今日はどのようなつながりが見つかるのでしょうか。

2006/04/06

掲示板から受け継いだもの

1998年から、放送大学の神奈川学習センターで、四季ごとに一号ずつ「センターだより」を発行してきた。「はるだより」「なつだより」「あきだより」「ふゆだより」とめぐる機関誌であった。

編集員の方も学生から参加していただき、「初だより」から最後の号に至るまで、変わりなく手伝っていただいた。ときには、印刷もみんな手弁当で参加してくれた。

わたしが神奈川学習センターから千葉学習センターへ転勤になった2004年に、この「センターだより」も次の世代へバトンタッチされた。

じつは、このセンターだよりは当初WEB版だけが作られる予定であったのだが、話し合いの結果、紙版も発行されることになったのだ。したがって、インターネットに掲載されたほうが本元であったのかもしれない。

センターだよりの記事をインターネットから得られるかもしれないという素朴な発想で作られたのが、「センターだより掲示板」であった。ここにも、たくさんの学生や一般の人びとが立ち寄ってくれて、楽しく時には苦い会話をさせていただいた。

このときの経験からすれば、今後このような掲示板の類には手を出さないつもりでいた。ところが、幕張転勤の仕事が一段落したのを絶好の機会として、またこのようなことに手を染めることになった。

今回は前回のようにみんなとの対話を楽しむというよりは、「メモ帳」として、このブログを使い、珍しい組織をたくさん集めてみようと考えている。

7年間続いた「センターだより」と掲示板には及ばないかもしれないが、ここでも目的をはっきりさせ、自分の枠を大幅に超える試みを行ってみたい。

トップページ | 2006年5月 »

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。