2018/12/14

Bench 13−飾り棚としてのスクール・ベンチ

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学校には、ほぼ必ずベンチが置かれている。なぜ学校とベンチは相性が良いのか、と考えていると、ちょっと大袈裟なのだが、夜も眠れないくらい面白い問題なのだ。

 

スクール・ベンチというジャンルがあって、学校にあるから、スクール・ベンチなのだが、それ以外に学校特有の性質を伴っている。それは何かと言えば、社会的ネットワークが期待されていることだ。大学では、学生は講義さえ受ければ、あとは自由時間だ。その自由な時間、まだまだ余裕ある時間、つまりは働く義務もなく、家族に奉仕する義務もない時間を利用した、大学特有のネットワークを形成することができるということだ。そこで、唯一の義務である講義が終わると、学生たちは教室を出て、まず座ってみたいと思わせられるのが、スクール・ベンチだ。だから、学生の自由時間の象徴的なものがスクール・ベンチには存在するといえる。

 

今日もK大学の講義が終わって、外へ出ると、すでに夕闇が迫っていた。家路を急ぎたくなるほどに、気温も12月相応に低いのだ。けれども、まだまだ家には帰りたくないと思わせる時間を自然に取れるのが大学の良いところだ。附属図書館で3冊借り、大学の広場に通りかかると、スクール・ベンチが見えてくる。

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今夕のスクール・ベンチは、大勢の学生たちを吸い寄せていた。ベンチの上には、牛乳パックで細工された家々が並んでいて、中からロウソクの光が漏れ連なって、クリスマス飾りのような効果を生み出している。近づいてみると、それぞれの飾りの塊ごとにテーマがあって、地域の小中学校のクラスや地区の名前が表示されていた。なるほど、大学と小中学校を結んだ、光のイベントが始まっていたのだ。スクール・ベンチは飾り棚として活用され、輪の中で輝いていた。

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2018/12/13

Bench 12−居心地の良い場所のベンチ

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居心地の良い場所を示す、コージー・コーナーという言葉がある。洋菓子屋さんの固有名詞になっているので、甘いケーキを思い浮かべてしまう言葉だ。もしこのコージー・コーナーを東京駅で見つけようと考えたらどうだろうか。東京駅は広いし、隠れ場所には困らないほど入り組んだ構造が残されていて、ホームから地下通路まで、魅力的で、煉瓦造りの、洒落た、通り道もたくさんある。ところが、ちょっと休憩し、座って一服するとなると、待合室しかないのだが、東京駅の待合室はいつも工事中で落ち着ける場所であったためしはない。

 

コージー・コーナーではやはり直角にベンチが配置されているイメージがある。そのような場所を八重洲の南口付近で、ようやく見つけたのだ。土産物屋さんの裏壁を仕切っただけの粗末な場所なのだが、綺麗な空間である必要はないのだ。周りから囲まれていて、片隅であるという雰囲気が重要なのだ。この喧騒と人混みの中で、この場所だけが隔絶した世界を形成していて、誰からも邪魔されない。二人で座るために、コージー・コーナーには、やはりベンチが似合うのだ。

 

2018/12/12

Bench 11−シート・ベンチは媒介する

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ホーム・ベンチを取り上げたのであれば、電車内のシート・ベンチを取り上げないわけにはいかないだろう。シート・ベンチは年寄りを座らせるためにあるなどという、福祉的互恵性を取り上げたいのではない。

 

シート・ベンチは単に人を座らせるだけではなく、もっと素敵な、動物社会の存続機能を立派に果たしている。このシート・ベンチの共通性は、ほぼ布製で覆われているという特徴があることだ。この毛羽立った布であることが重要なのだ。この毛羽立ったところに、小動物や小物体を保持していて、ここに座ったお尻に付着して、移動するのだ。家からシートへ、シートから会社へ、会社からシートへ、シートから家へと社会をぐるぐると、蜱蟎などの小動物、埃などの小物体をシート・ベンチは見事に媒介する。この媒介機能を持ったベンチとして、ベンチの中でもシート・ベンチは極めて社会性の高い位置を占めているのだ。だから、布製であることを決してやめない。それは暗黙のうちの社会性による要請があるからとしか、説明できないだろう。

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けれども、1昨年宮崎を訪れたときに、この媒介性を停止した列車に乗ったのだ。蜱蟎たちにとっては、いたたまれない社会状況であっただろうが、わたしにとっては極めて快適であった。シート・ベンチが木製と皮革製だったからだ。でも、きっとこの素敵なデザインの木の列車は、人間社会からは受け入れられるかもしれないが、小動物・小物体世界からは、ブーイングを受けること必至だ。

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2018/12/11

Bench 10−横向き文化と縦向き文化のホーム・ベンチ

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ステーション・ベンチの中でも、駅ホームに設けられているホーム・ベンチには、年を取ってから、かなりお世話になっている。先日の喫茶店ベンチの店で、関西在住のIさんと話していて、ホーム・ベンチには横向き文化と縦向き文化とがあることに話が及んだ。線路に沿ってホームが設置されているのだが、方向としてこの線路に沿ってベンチが設けられれば、ホーム・ベンチは線路へ向いており、ホームに対しては横向きになる。また、線路に直角にベンチが設けられれば、ホームに対しては縦向きに、人びとは座ることになる。

 

それで話していて、おおよそ関東ではホーム・ベンチは横向きに置かれ、関西ではだいたい縦向きに置かれていることが分かってきた。上の写真は、東京駅のものだ。この写真のように、ホーム・ベンチに関しては、関東は横向き文化で、関西は縦向き文化だということになる。

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もちろん、異論を唱え、反証をあげようとする方々も出ることは重々分かっている。今日も、品川でパンを買おうと途中下車すると、隣の8番線ホームと12番線ホームには写真のとおりの立派な、関西風縦向きホーム・ベンチが置かれているのを発見した。また、新橋駅でも、階段の壁に沿って、縦向き型のホーム・ベンチが置かれていることも確認している。けれども、これら以外の横浜―東京駅間では、ほとんど横向き型のホーム・ベンチだったのだ。

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問題は、なぜ関西では縦向き型ホーム・ベンチで、関東では横向き型ホーム・ベンチなのかという、その理由だ。第1に、通勤ラッシュ説がある。関西では、関東ほどの朝の通勤ラッシュは存在しないといわれている。もちろん、場所によるのだが。それでラッシュの邪魔にならないか、邪魔になるかで、縦向き・横向きが決まると考える。

 

第2に、ホームの余裕説だ。第1の説とほぼ同じ理由なのだが、ホームがいっぱいになって人が溢れる関東では、場所をあまりとらない横向き型になり、余裕がある関西では縦向き型になるというものだ。

 

第3に、関西のある駅で、線路を向いた横向きホーム・ベンチから、人が飛び込んだということが知られるようになって、縦向きになったといわれている。つまり、自殺説もある。そもそも、鉄道では電車シートの伝統がある。車内のシート・ベンチでは、短距離電車シートでは横向きで、長距離電車シートでは縦向きである傾向が見られる。これがホーム・ベンチにも影響を与えているのかもしれない。

 

これらのいくつかの説を並べてみると、やはりホーム上の余裕が、横向きなのか縦向きなのかを決定しているように思えるが、いかがだろうか。ちょっとオタク的になってきている気配はあるが、少なくとも、縦向きを設置するには、ベンチの幅が入るような幅広いホームでなくてはならないのではなかろうか。この点で、関西のホームは何となく、関東よりも余裕があるような気がするのだ。

2018/12/10

Bench 9−「形態は機能に従う」のだろうかというベンチ

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形態は機能に従うのか、それとも機能が形態に従うのか、というのは、デザインの世界ではずっと話の種となってきたテーマだ。ベンチに関しても同じことを見ても良いのだが、やはりベンチなりのバリエーションをしっかりと確保したい。

 

ベンチと仕切りとの関係は、まさにこのテーマを映している。このテーマは、わたしたちの社会的好奇心を特別に惹起する。ベンチが長椅子だったころ、寝そべるという機能が存在していた。長椅子の「長い」というだけで、ベンチの機能が椅子より幅広いものと考えられていたのだ。ソファやカウチなどの異国趣味も発達させて、ベンチは椅子とちょっと異なった文化を発達させてきた。

 

ところが、大都市ではベンチの寝そべる効果を削除することが貧困の時代の中で起こった。まだ、記憶に残っているほどに、都市において、一部の住人たちがベンチから排除される機能がベンチに備わったのだ。社会的排除という機能がベンチという形態に影響を与えた。ベンチに仕切りが一斉に備わった時期が過去にあったといえる。この時代に、元からあった長椅子に、後から仕切りが貼り付けられるという様相を示したのだった。

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ところが、現代ではどうだろうか。特に、今回の写真のベンチは、すでにかなり古くはなっているのだが、明らかにベンチのパーソナル化後のもので、仕切りで一人用に分けられていることがわかる。それは、木目を見ればわかる。仕切りを挟んで、第1世代の仕切りならば同じ座板を仕切ったのだが、今回の座板は仕切りで一つ一つの木目は途絶えており、一つの長椅子というよりはむしろパーソナルな個別椅子の集合という形態を表している。

 

Img_6206後付けの仕切りの例



つまり最初、形態は機能に従って作られたのだが、すでにもう、このベンチは機能が形態に従っているのだ。最終的には、仕切りを見れば、それはわかる。後付けの仕切りではなく、最初から仕切られるために作られた仕切りが備わっているのだ。そのことでは、三人用だけでなく、二人用のベンチも作られていることが象徴的だ。一人分がユニットとなって、それらが結合されて、ベンチが作られているのだ。現代では、寝そべることのできるベンチから一人用に分けられた時代への転換がすでに終了して、一人用が複数人数化するベンチというものが当たり前となった時代となっているのだ。排除は過去のものとなり、美化された現在があるのみだ。Img_6140

2018/12/09

Bench 8−注文の多い喫茶店のベンチ

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宮沢賢治の童話を思い出させてしまったら、ごめんなさい。純粋にお客さんで混んでいる喫茶店に置かれているベンチのことだ。大学院ゼミの帰り道、遅れてきたゼミOBIさんとばったり遭って、コーヒーとクリのタルトを飲食した。


店に入ってまず目に入ったのが、このベンチだ。そして、店の中の、椅子の据わっている場所に注目したのだ。小石川春日通りというかなり交通量の多いゆったりした道路に面した角のビルの一階にあるカフェだ。イタリアンが併設されている。そして、喫茶店の奥のガラスに囲まれた素敵な一角に、このベンチはぴったり収まっている。


ベンチの向かいには、椅子は置かれていない。低いテーブルだけだ。この部屋の隅っこを有効に使おうとすると、独り掛けならば何とか入るのだが、それではこの場所はもったいないと、店の方は考えたのだろう。でも、対面で二人がけはこのスペースではちょっと難しい。かといって、一人で利用させてしまうのは癪だと思ったかどうかはわからないけれども、この店がこのスペースへ過剰な注文を出したことは間違いないだろう。ベンチを入れることで、二人掛けを実現してしまっているのだ。空間の有効利用を考えたのだが、結果として、美しいベンチが入ることになったと想像される。


その注文に対して、このベンチはいかにも堂々と応えていて、ほんとうに素晴らしい。隣にある独り掛けのアーコール社のアンティーク椅子に負けないくらいの存在感を示している。ここに似合うカップルを想像しながら、ベンチへの注文の多い喫茶店を出た。

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2018/12/07

Bench 7–黄昏れて腰掛けるベンチ

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黄昏時に行う授業は気分が良い。もし1日中原稿書きに追われたならば、どうしても頭が痛くなるし、肩が凝ったりしてきてしまう。修行が足りないと嘆いてみても仕方ないのだが、1日の中でも、原稿書きで終わらずに、夕方になって、講義に出てちょっとでもしゃべってくると、1日の印象がまったく違ってくる。肉体の疲れは年相応にあるのだが、精神の疲れは講義室の窓から飛んでいってしまうのだ。そして、背伸びして外に出ると、大学の時計台下にある噴水周りのベンチに、少し腰掛けたくなるのだ。学生たちも同じように感じるらしく、秋も深まっているにも関わらず、帰りを急ぐよりは、人待ち顔して水辺のベンチに腰掛けてしまうのだ。暗くなりかけた空から、時間が降ってくる。

2018/12/06

Bench 6−場所を拡張するベンチ

Img_6082 ベンチには、そのベンチの幅分だけ、場所を占めて、その場所を確保する特質がある。このことはまたじっくりと今後見てみていきたいのだが、その前に今日は、場所を拡張するベンチを見た。久しぶりに神奈川学習センターへ出た。卒業研究の審査を行っての帰り道だ。弘明寺商店街に入る前にブティックと和菓子屋さんが鎌倉街道沿いに並んでいる。店の前にはプラスティックのふつうのべンチが置かれていて、そのこと自体注意を向けなければ、ほんとうにふつうの風景なのだ。でも、ちょっと注目してほしい。もしここにベンチがなかったら、自動車道路に解放されたただの歩道だ。けれども、ここにたとえ少し汚れたものであってもこのベンチが置かれただけで、歩道はブティックの一部となって、ベンチに囲まれた空間を確保している。まさに、ベンチはブティック空間を拡張しているのだ。

Img_6081 さらに、ベンチには、「ハンガー、ご自由にお持ち帰りください」と張り紙がある。ふつうならば通り過ぎてしまう通行人は、ちらっとこれを見て、反対側のブティックを意識しないわけにはいかなくなるだろう。ベンチがあることで、通行人の意識を変化させてしまっている。

2018/12/05

Bench 5ー柔軟なベンチ

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外で使われるという宿命と可能性を引き受けているのも、ベンチの特性だ。だから、家の内部から排除されたものを一生懸命引き受けているという姿勢と懸命さがある。それをさりげなく行っているところが良いのだ。このベンチは、寿司屋さんの持ち帰り用を待つ客のために、当初は置かれた。けれども、注目して欲しいのは、隣に喫煙者用の赤い吸い殻入れが置かれていることだ。ベンチは喫煙者にも優しい。ベンチは、最初の目的と併行して、別の目的が途中から現れるほどに、柔軟なのだ。

2018/12/04

Bench 4ーブックポスト・ベンチ


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図書館のブックポスト前にあるベンチだ。読み残した本を広げたり、印象に残ったところを読み返したり。図書館が閉まった後でも、追加する読書と、余白の図書館を実現しているのだ。

Bench 3ーベンチは待っている

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ベンチたちは誰か来る人を待っている。座るかもしれないし、ただ通り過ぎるだけかもしれない。けれども、その場所を確保していて、ずっと誰か来る人を待っている。

 

Bench 2ーベンチは開かれている


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Benchesシリーズを始める。最初のメッセージは「ベンチは開かれている」なのだ。複数のベンチから、展望台をのぞみ、青空へ向かって開かれた関係をこの風景は写している。

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ベンチを写し、それから逆にベンチから写されたいというような、写真を集めたいと考えている。それで、どのようなベンチをめぐる世界が現れるのか、試してみたいし楽しみだ。椅子への好奇心はかなり高まっているのだ。きっかけとなったのは、ここ数年お世話になっている椅子作家の指田哲生さんのベンチだ。20189月の松本グレイン・ノート椅子展に出品され、即買われてしまった。どのような方が買ったのか、ちょっと想像するだけで、わくわくするような心持ちになった。それが、ベンチを取り上げようとした動機となった。

 

 

2018/04/11

ブルーノ・ムナーリ展をみる・きく・よむ

Img_4206_2 この前から、ムナーリ、ムナーリといたるところで言ってきたら、なんと本当に展覧会が家の近くで開かれることになった。Img_4190 こんなことは珍しいのだが、このところわたしはサインを求められることが起こっていて、そのとき互いの名前を書くだけでは殺風景だと思い、言葉を添えることにした。そのとき、選んだのが座右の銘としている、写真のムナーリの言葉だ。もちろん、そのままでは芸がないので、少しは変えているのだが。

 

Img_4261_2 午前中、風がさっと吹き出したかと思うと、雨が伴ってきて、春の嵐になりそうだった。そこで仕事に精を出すことにして、今日は散歩を諦めていたのだが、昼過ぎになって、薄日が出てきた。Img_4185_2 すでに、2時過ぎとなっていたが、家を出て急行に飛び乗り、乗り換えなしに「新逗子駅」へ。ここから海岸通りの景色を眺めながら、20分ほどでバス停「三ヶ丘」の県立美術館に着く。

 

Img_4187_2 日本の抽象絵画展も同時開催されていたが、その奥に展示されている「ブルーノ・ムナーリ展」へ向かう。まずは、未来派としてのムナーリが現れる。卒ない真面目な抽象画が並ぶ。そして、有名な「役に立たない機械」が6体ほど、設計図を伴って展示されている。Img_4269 このあたりから、この展覧会の一つの山場である「陰と陽」シリーズ、そして具象芸術運動に加わる時代に入ってくる。「陰と陽」では、とりわけムナーリの本質的なことが描かれていると思った。

 

Img_4268 第1に、正方形などの基本的な図を重視している。第2に、基本から始まって、次第に複雑になっていく過程がつながっている。第3に、文脈や脈絡などの関係を重視している。第4に、構成そのものが重要で、内容や中心は二の次である。第5に、シンプルさのおかげで、絵本などの表現が豊かに描かれる。

 

Img_4266 絵本のシンプルさは、結局のところ、ムナーリの「コミュニケーションの時代」の象徴だと思われる。コミュニケーションの相手に、言葉多く説明することはかえって不親切であることは日常よく起こることだ。同様にして、シンプルな表現の方がコミュニケーション相手の理解を増す。むしろ、相手の想像力を引き出すような、あるいは想像力を使わなければわからないような表現の方が、「わかる喜び」をもたらすものだと言えるのだ。Img_4267 この辺は、じっさいに展覧会を見てのお楽しみ部分なのだが、コミュニケーションとは何かを教えてくれる。「どれほどの多くの人が月を見て人間の顔を連想するか」とムナーリは言っている。月のシンプルさが多くの人間の想いを生み出してきたのだし、同じ想いを抱く人びとを結びつけてきたのだ。欠けているところがあってこそ、コミュニケーションというものは成り立つ。

 

Img_4265 デザイナーはかならず、椅子のデザインを残すものだが、ムナーリの椅子はやはり「役に立たない」系の椅子だった。「短時間訪問者のための椅子」という表題がついている。この写真ではわからないかもしれないが、座面は薄く斜行していて、到底長く座ることができない代物だ。座ることができなければ椅子ではないのか、と問うているのだ。これも椅子なのだ。

 

Img_4235 2時間ほど、じっくりと展覧会を見ていたら、外の激しい風の音がいつの間にか止んで、代わりに逗子の海岸のいつもの波の音が聞こえてきた。Img_4248 春の海はまだ冷たく激しいが、サーファーたちは物ともせずに、海に漂っていた。犬の散歩はいつもみるように、欠かさずに行われ続けていた。夕陽が海に反射して眩しかった。

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帰りのバスを降りると、Img_4260 バス停前にドーナツ屋さんが出来ていて、ガラス窓の中のショーウインドウに魅せられて、そのまま店の中へ吸い寄せられた。Img_4259 シナモンときなこをそれぞれ一つずつ袋に入れてもらった。Img_4263_2

2018/03/24

学位記授与式が開かれた

Img_3961 朝、近くの弘明寺公園を足早に通り過ぎてしまったのだが、展望台を見上げると、青空に透けて、すでにかなりの桜が開花しているのが見えてきた。放送大学の学位記授与式が渋谷のNHKホールで行われる。横浜で東横線に乗り換え、渋谷へ出る。駅前の交差点を渡り、井の頭通りから山手教会の脇へ出て、坂道を登っていく。いつも途中にある喫茶店で、コーヒーを一杯飲んでから、渋谷公会堂とNHKの角を曲がって、ホールへ着くのだ。

 

Img_3967 横浜から、ちょうど30から40分くらいの道のりのところで、なぜか最近、喉が乾くようになった。東海道線で言えば、横浜から東京駅へ出た頃だが、一息ついての休憩が必要になっている。おそらく、このようなコーヒーによる休憩習慣は、老化の生理現象の一つだとは思われれるのだが、自分の中では、余裕を見せているという精神現象だと捉えたい。

 

Img_3975 ホールの前には、学位記授与式を表示する立て看が見られた。その前で記念撮影をするために卒業生・修了生たちが行列をなしていた。みんな笑顔で晴れがましい。「教員受付」のTさんとIさんが教員向けの受付を行なっていて、式次第と教員用のリボンを手渡してくれた。ホールの中では、今年も左右社の放送大学叢書コーナーができていて、わたしの叢書を編集してくださったTさんが詰めていた。1月に頼まれていた原稿が、叢書通信へ載ったということで、通信の入った封筒を渡された。

 

Img_3976 以前は、授与式の最後に必ずN響のメンバーによる室内楽が奏でられ、言葉だけに終始する儀式に彩りが添えられていたのだが、次第にこのようなことが簡素化されて、ほんとうは簡素化されるべきところはかえって残ってしまっている。儀式に付き物の音楽という必須の要素が消えてしまうのは残念なことである。儀式というものを「感動」一辺倒に染めるのではなく、多くの方を楽しませる工夫も残して欲しいものだが、それは今日的な風潮ではないのだろう。昔は遠くなりにけり。

 

Img_3981 昨年までは、四谷赤坂のニューオータニで懇親会が行われていたのだが、今年は新宿のハイアットリージェンシーに会場が移った。早くついたので、会場が開くのを待っていると、学生の方々が話しかけてきてくれた。懇親会は、大学人にとって数少ない社交の場だと思う。岩手の盛岡で面接授業を行ったときに、当地の同窓会の方々が夜に酒席を設けてくださったのだが、その面々がいらっしゃっていて、久しぶりの再会を祝ったり、左右社の叢書をわざわざ購入してくださった学生のかたが、何か書いて欲しいと持ってきたり、次第に懇親会らしい雰囲気が出てきたのだった。

 

Img_3986 会場内では、今年の修士修了の方がたは、おおよそ固まって懇談していたので、会の後で茶話会を催すことを告げておいた。懇親会の間は、みなさんはかなり自由に他の学生の方がたとの会話を楽しんでいた。

 

Img_3988 わたしも彼ら以上にかなりの社交を楽しんだ。3月に、放送大学の先生方の中でも尊敬している方々が同時に何人も退任となるので、その先生方を回って、お話を伺ったのだ。モンテーニュの「エセー」完訳を出されているM先生には、エッセイ的な文章を学生に勧めるときにはどのようにするのかを聞いてしまった。大学には、「論文を書く文化」が一応存在するのだが、それらはやはり客観性を重視する。Img_3993 現在は、実証主義の時代と言っても良いくらいだが、どう見ても実証主義には限界が多すぎる。けれども、もう一つの系譜があって、エッセイ的な手法を取り入れる場合があるのだ。Img_3996 それで、エッセイを書くにはどうしたら良いか、ということがたいへん重要ではないかと思うのだ。人文学には、エッセイを書く伝統があるのだが、社会科学では客観性に劣るとして、エッセイの価値は低い。

 

Img_3995 問題は、文章の表現力の問題だと思う。実証論文だって、表現力は必要とされると思うのだが、それが軽視されているような気がする。エッセイは、その力を呼び起こしてくれる。それで、M先生からの言葉で印象に残るのは、その文章が「自分のものであるとする」ような書き方がエッセイの本質にあるのではないかということだ。

 

Img_3997 恒例となっている、I先生の肝いりで集められた全国のお酒コーナーは、毎年欠かせない。相変わらず、多くのものは早く行かないとすぐ空になってしまう。日本酒では吟醸酒が全盛で、標準を抜くお酒が集まってきていると思う。そのような中にあって、今年美味しかったのは、甲州ワインだ。機山ワイナリーのメルローが出ていて、芳醇だがシンプルで飲みやすい、日本的できめ細やかなメルローだと思った。メルローの持つ濃厚さというのと異なる印象を持った。出雲ワインの白は、すぐに空になったらしく、香りすら残っていなかった。

 

Img_4006 懇親会の後は、卒業生のFさん、修士修了生のAさん、Kさん、Onさん、Okさん連れ立って(Gさんは奥様が待っているとのことで、すぐに会場を後にした)、ホテルの茶店を申し込もうとしたら、すでにすべての席が夕方まで満杯ということだった。ちょっと歩くが、近くの喫茶店で茶話会となった。Fさんは、この新宿から徒歩5分のところに住んでおり、Aさんは北海道の札幌から、Kさんは大阪から、Onさんは栃木からきている。また、Okさんはこの喫茶店の入っているビルに2年ほど勤めていたことがあるそうだ。この地区で、すぐに座ることができる喫茶店を見つけるのは、Okさんがいなかったら、できなかったかもしれない。

 

Img_4011 Fさんが修士の方々の論文を聞いて回る式に、雑談が進んだ。みなさんの話を聴きながら、大学が持つ「論文を書く文化」には特有の法則性があるのではないかと思ったのだ。一つは、好奇心だ。なぜそのテーマがその人の心を捉えたのか。この点を抜かしてしまうと、論文作成作業は砂漠を這いずり回ることになってしまうだろう。二つは、理解する喜びだ。ああそうか、というユーレカ効果がなければ、論文作成は辛いものになるに違いない。三つは、やはり発表の場を共有することだ。大学という場所が存在する意味は、論文発表における共有の場だという点が強いと思うのだ。学位記授与式で、学部学生・修士学生・博士学生の代表の方々がゼミや研究会での発表が最終的に論文作成を支えたと言っていたのが印象に残っている。

 

西新宿から、学生の方々は地下鉄に乗って帰っていった。わたしは少し歩きたくなって、今日の思いを反芻し、かつ冷ましながら、街を眺めたのだ。

 

2018/03/23

O先生と春カフェ

Img_1416 O先生と春カフェ。冬カフェの時期に、わたしが体調を崩してしまったので、延期していたのだ。パン日和「あをや」でランチをしようという冬カフェの予定に、ようやく追い着いた。横浜からJR湘南ライナー線に乗ると、一駅で新川崎駅に着く。Img_1406 ビルの二階をずっと数百メートルほど伝っていく連絡通路を抜け、JR南武線の鹿島田駅へ至る。昨日からの陽気で、マンション群にとおる桜並木が遠目に見えてくる。すでに満開に近い。今日の暖かさの中に、昨日までの寒さのありがたさが隠されているのだ。人生は混沌と退廃の中に、ようやく活路を見出す。有名な「荒地」の冒頭だ。

 

四月は残酷極まる月だ

リラの花を死んだ土から生み出し

追憶に欲情をかきまぜたり

春の雨で鈍重な草根をふるい起こすのだ

 

Img_1408 12時に待ち合わせをしていたら、O先生が少し遅れるという連絡が入ったので、これ幸いと、ドイツビールの小瓶をもらう。Img_1414 O先生は呑めないタイプなので、目の前で呑むには多少遠慮することにしているのだが、これほど春めいて、体調もようやく上り坂になってきていると、ちょっとアルコールが欲しいところだったのだ。鈍重な草根をふるい起こさねばならない。

 

Img_1411 「あをや」のガラス戸には、街の風景が映し出される。この店の常連さんが通り過ぎるときには、店の中へ笑顔を振りまいて行く。そのガラス戸に、店の外観をカメラに収めているO先生の姿が写った。彼は入ってきて、喉の渇きに、アップルタイザーとチョコクロワッサンで対応していた。Img_1419 続けて、彼は昼食で、BLTサンド(かな?)とマメマメ豆乳スープ。わたしは、同じスープにアボカドとクリームチーズのサンドを頼む。豆乳スープには、色々な豆が入っていて、小さな豆、大きな豆が擦りよせあって入っている。大きな方では、インゲン豆が柔らかく煮込まれていた。デザートには、いちごミルクと、アーモンドクリームの入ったいつものスフォリアテッレ。

 

Img_1420 金曜日なので、一応ウィークデイなのだが、店の1階も2階もいっぱいだった。お子さん連れが多かったといっても、2組なのだが、それから類推すると、やはり春休みなのかなと思うのだ。「あをや」の奥様が客の応対で忙しいときには、もっぱらO先生と大学事情の情報交換をして、世の中に似て非なるものや、非ならず似ているものがたくさんあることを認識したのだった。14時くらいになると、わたしたちだけになって、奥様が会話の輪に入ってきた。Img_1421 今日の話題の多くは、これからの人生をどのように生きるのだろうか、という楽しくもあり身につまされることでもありという、多くはシュムーザー的話題が多かったのだ。北海道の田舎に帰る可能性のある奥様と、蒲田からは離れることがないO先生との対比ということに話の筋は進んだ。結局、4時間もの長居をしてしまった。田舎パンを購入して、店を出る。

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Img_1457 Img_1456 Img_1455 散歩の途中でよる店を、「あをや」の奥様が紹介してくださった。この塚越商店街を突き抜けた先に、喫茶店「くもい(雲居)」があるそうだ。Img_1451 2年前に開店して、キャッチフレーズで「川崎にぽっかり浮かんだはなれ雲」という店だ。少し家や職場から離れるためには、余裕があって落ち着ける場所が必要だというメッセージが伝わってくる店だ。Img_1459 「くもい」という語感は、パステルカラーの明るいグレーを想像させる。多機能な小規模喫茶店を目指していて、女子会・ママ会・親子会を誘ったチラシがおかれていたし、さらに、夜にはBarがオープンしているらしい。お母さんと娘さんとでこの店を動かしている。

 

Img_1462 ところが、びっくりしたのは、O先生の食欲で、先ほどサンドウィッチとチョコクロワッサンと、さらにスフォリアテッレを食べたにもかかわらず、ここでも卵のサンドウィッチを食べたのだ。思わず、彼のお腹に目をやってしまったのだが、もう少し大丈夫なのかな。Img_1465 もう一軒、焙煎コーヒー屋さんが矢向駅前にあるというので、こちらの会計はわたしが引き受けることにして、「くもい」での勘定は彼が受け持った。ところが、矢向の店は夕方早くにしまっていて、ちょうど掃除の時間になっていた。またの機会ですね。

 

Img_1467 矢向からの川崎行きの電車は、通勤時間に入ってしまったために、混雑していた。日本のシリコンバレー候補の一つと言われながら、もう一皮剥けないと、単に労働力の集積だけでは追いつけないだろうと、雲の向こうのことを考えたのだった。Img_1471 文化として定着するまでに、どのくらいの時間がかかるのだろうか。また、5月に松本カフェを計画して、川崎駅でO先生と別れた。

2018/03/15

湯宿温泉への合宿に参加する

Img_1074 ヘニング・マンケルが描く「刑事ヴァランダー」シリーズの番外編に、ステファンという舌がんを患った刑事を主人公とした、佳作品がある。この「タンゴステップ」という小説では周りから周りから、物語が進んでいく構成が取られていて、なかなか核心へは入らないという方針を貫いている。この静かで、全体を横目で見ながらの展開は、好ましい物語を紡ぎだしているのだ。

 

Img_1077 たとえば、このようなエピソードが重ねられていくのだ。「以前ボローズ署にフレードルンドという老警官がいました」ステファンが話しはじめた。「固くて、融通の利かない、そのうえ仕事の遅い人でしたが、すばらしい捜査官でした。あるとき、いつになく機嫌のいいときでしたが、こういうことを言ったのです。私はいまでもはっきり憶えています。『手に明かりを持って歩くのだ。そして目の前を照らすのだ。足をどこにおくかを見るために。だがときどきは道の端のほうも照らせ。Img_1081 そうすれば、どこに足をおいてはならないかがわかる』彼がなにをはなそうとしたのか、私にははっきりわかりませんが、どこに中心があるのかを見るにはあたりを見なければならないということを言っていたのではないかと思います。いちばん重要な人物はだれか、ということを見なければならないと」「それをいまわれわれのいる状況に当てはめてみたらどうか? おれは今日話しすぎた。聞く側にまわりたい」

 

Img_1085 毎年この時期になると、昨年度と今年度との頭の中の切り替えが必要になってくる。大学という職場は、変に専門に偏っていたり、逆に専門でないところに時間が取られていたりして、上記のように、どこに中心があるのかが見失われてしまうこともよくあることだ。もちろん、頭と足と完全に引き離してしまうことはできないのだが、付かず離れずが必要になってくるのだ。ステファンのように、舌がんになると、人生が変わって周りが良く見えるようになるのだろうか。

 

Img_1079 この点で、毎年恒例となっている先生方との群馬合宿は、良い習慣となっている。半分はフォーマルな行事なのだが、公費は一切出ないことから、もう半分はインフォーマルな交流となっていて、良い習慣だと思われる。周りをみる習慣を取り戻す良い機会だと思われる。

 

Img_1056 昼に東京駅出発の「とき」を目指して、ゆっくりと家を出る。このゆったり感はやはり温泉であるということであり、また春休みにようやくはいるという季節感のせいでもある。新幹線では、定番の大和地方特産の柿の葉寿司を食べた。この甘酸っぱい味と、コンパクトな食感は、ときどき呼び起こされる感覚なのだ。

 

Img_1072 上毛高原駅では、H先生とAさんに合流する。連絡のよい猿ヶ京行きの路線バスで、30分ほどの旅程だ。H先生は、ちょうど現在NHKの「100分で名著」という番組に出演中で、わたしたちにテキストを配ってくださっていた。松本清張をめぐるエピソードが面白くて、昨日の教授会の帰りに一気に全部読んでしまった。226事件で、宮城へ入った中橋中尉の解釈がいくつかあって、謎として残っている部分の多いことがなかでも印象に残っている。

 

Img_1066 湯宿温泉では、取るものもとりあえず、まずは温泉に浸かり、まだ誰も入っていない新湯に、ぐっと身体を伸ばした。この数ヶ月の疲れとの別れを惜しんだのだった。それで急速に、血行が良くなり、すぐに空腹感をうったえ出したのだ。けれども、まずは公式行事をいくつか済ませなければならなかった。その後、ようやくにして夕食から懇親会へ入ったのだった。

 

Img_1068 ある先生は、このような会を称して、昔の左翼系の山奥合宿に喩えていたが、他の先生は、貴族趣味の温泉行楽だと言い、この温泉合宿への評価はまちまちなのだが、わたしにとっては、このインフォーマルなところに、この会の本質があるように思える。インフォーマルなところでは、日頃の凝り固まった頭もすこし解れて、複数の解釈が成り立つかのように思えてくるから不思議なのだ。Img_1058 そして、なによりも、昨年度のわたしから、来年度のわたしへの橋渡しが行われ、ちょっと後の自分が見えてくるような気持ちになるのだ。

2018/03/01

今年度も図書館へこもる季節が終わった

Img_38682月は、毎年大学テキストを書く月間となっている。こんな日々が続く。「ゆっくりと起き上がった。背中が痛い。ドアを開け、トイレへ行った。この言いようもない疲労感ほど耐えがたいものはなかった。ほとんど吐きそうなほど気分が悪かった。年とともに我慢できないものになってきた。顔を冷たい水で洗った。鏡に映る自分の顔を見るのを避けた」という暗い文章が続くのだ。相変わらず、刑事ヴァランダーが難事件を抱えて、次々に起こることをなんとか結びつけようともがいている姿と重なる日々だ。Img_3864


この小説はスウェーデンでも南部のデンマークに近いイースタ地区を舞台としている。それで、ときどき厚手のセーターを持ってきていたらなあっというセリフが1冊の中に何回か出て来る天候なのだ。こんな小説から顔をあげることができないような日々が続いたのだ。

Img_3857けれども、今朝こもっていた図書館から、すべての原稿を編集者にメールで送って、ようやく「顔を冷たい水で洗った」状態へ到達したのだった。この図書館には、フレッシュ・ルームなる部屋があって、週刊誌・月刊誌が揃えられ、仕事に疲れた時には、意味のない写真を次々にめくって、フレッシュな気分にしてくれる。Img_3871

先ずは、朝淹れてきたコーヒーを飲むのだ。この仕事は、もしコーヒーがなかったら、決して成り立たないのでないかと思うほどだ。

そして、地下の文芸書の書棚をたどり、最後の図書番号のところまで来ると、詩歌のコーナーだ。目をつぶって、えいやっと探り出した本を開いて、その一節を声に出して読む。

Img_3855まだ、図書館には人はいない。静かな文芸書の部屋では、声さえも本たちが吸収してしまう。音を吸収する本の虫がいるのだ。

地階から1階に出ると、貸出・返却コーナーがあり、検索パソコンが並んでいる。コーナーに続く大部屋が、この図書館のメインルームだ。主だった専門書は、新しいものを中心に開架式におかれていて、手当たり次第に持ってきて読み散らかすのに最適な部屋だ。しかし、この部屋は原稿を書くときには使わない。

Img_3858Img_3872もう1階上がって、3階の参考図書コーナーの横にある、2階の大部屋に張り出したように見える不思議な大きな屋根裏部屋みたいな空間があって、2階の吹き抜けの雰囲気も伝わり、勉強をする人々の息遣いも聞こえてきて、なおかつパソコンを使っても良いように電源も用意されている。その最後のコーナーがわたしの専用に使っている席なのだ。

Img_3873この席は、空間が上から下まで続く、20メートルほどの吹き抜けの中間に位置していて、正面の四角い窓から、枯葉の残った冬技が見える。その先には、晴れた日には青空が見えて、数十メートルの眺望を得ることができるのだ。手を上にいっぱいに伸ばして、腰を前に出して、一服するには、この眺望は欠かせない。手を休めたときには、水分補給で、またコーヒーポットが手に触れるのだった。

Img_3879こうした日々も、今日で終わりだ。自分だけの世界から出て行く世界があるのも、やはり救われる気分になるものだ。帰りに、いつものコーヒー豆屋さんへ寄って、明日からの外の世界との交流に備えよう。

2018/02/08

映画「スリービルボード」を観る

Img_3792 映画「スリー・ビルボード(原題:Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)」を観た。現代版の女性ドン・キホーテを描いた映画だと思った。ビルボードというのは、大きな野外広告板のことだ。8ヶ月前に、主人公のミルドレッドの娘がレイプされ焼死させられたという事件が起こる。それから、どうしようもなく捜査が進まず、未解決のままになっていた。そこで、ミルドレッドは当地ミズーリ州エビングの警察署長を非難する広告を3枚掲げたのだった。なんとなく、この発想は風車めがけて突進するドン・キホーテのようなのだ。この事件を発端として、地域特有の深刻なのだがユーモアもある出来事がつぎつぎに起こって来ることになる。

 

最初は娘の殺人事件の解決を目指す推理小説仕立てのストーリーが展開するのだが、警察署長が意外な役回りを演ずることによって、ある時点からコミュニティとは何かというシリアスな社会小説仕立ての物語へと転換するのだった。この転換を見逃すと、結末の曖昧さに腹を立ててしまうことになるだろう。けれども、この転換を理解すると、途端にアメリカ社会のタフなコミュニティの在り方に目を開かれることになる。

 

途中で、ミルドレッドはなぜ病気で死を前にした警察署長に過酷な要求をするのかと聞かれて、この映画の主題がようやくにして、飛び出してくるのだった。この映画の隠された、と言ってもむしろそれが目立つのだが、そのような意図が見える場面が、前半にある。町の人格者とみんなが認める警察署長を攻撃するミルドレッドに対して、神父が忠告に訪れる。ここにコミュニティ・反コミュニティ思想が見え隠れする。

 

なんとその話の比喩は、わたしたちには馴染みがあまりないストリートギャングの話だった。60年代後半以降、アメリカでは信頼性が失われる犯罪社会へ入っていくが、象徴的な動きとして80年代のロサンゼルスで抗争を繰り広げた2大ストリート・ギャングの「クリップス」と「ブラッズ」の犯罪の動きがある。そのヤクザなギャングを取り締まるために新しい法律ができたとミルドレッドは言うのだ。「ギャング組織の一員であれば、仲間が起こした事件の責任があり、自分がまったく関与していなくても罪に問われる」というものだった。なにやら、旧5人組の連座制的な制度を想像させるものだ。

 

ここがミルドレッドのドン・キホーテ的飛躍につながっていくところなのだが、彼女によれば、神父もギャングと変わりがないのだ。もし神父が教会でミサを行なっている間に、別の神父がミサの少年に虐待を加えていれば、ミサを行なっている人格者の神父であろうと、やはり罪に問われると言うのだ。突拍子もない論理の飛躍があるのだが、感性的には、うなづいてしまうのだ。この調子で、神父も追い返し、町の人びとからの批判も跳ね返してしまう。ここには、特有のユーモアと悲しみがついて来る。ここが前半の山場だ。なぜ人格者である署長を貶めてでも、娘の事件を取り上げる意味があるのか、というところだ。風車小屋に槍で突っ込んでいくドン・キホーテの姿が浮かんできたのだ。

 

Img_3796 固まってしまっている状況を動かすには、生きた力が必要なのだ。親しい関係でも断ち切って、二者関係をことごとく壊して行く。それは直感的なのだが、次第に三者関係が少しずつ見えてくるのだ。破壊がかえって良い方向へ向かう場合もあるのだ。このような願望はおそらく映画の中でしか成り立たないというのが現実なのだが、このようなアイディアがありうるかもしれないという記憶を持っているかどうかは、そのコミュニティの性格を決定的なところで左右するに違いないのだ。この意味で、この映画の展開には人びとを惹きつける何かがあるといえる。

 

2018/02/01

半年間の林檎遍歴

Img_2960 去年1年間のりんご遍歴を思い返して見た。りんご遍歴とは言っても、種類はそれほど多くはないのだが、この時期になると、味の記憶をとどめておきたいという欲望が湧くのだ。20170814 先日、シナノスイーツという種類の、「訳あり」リンゴが出ていて、妻が求めてきた。ボケているのではと思われたが、意外に実がしっかりしていて、旬は過ぎているにもかかわらず、美味しかったのだ。

 

20170818 例年、りんご遍歴は8月から始まる。原稿を書くために田舎にこもるのだが、その家の近くにりんご園があって、その枝が重みで落ちてきて、たわわに実った果実が赤くなってくる時期がある。20170830 その頃から、リンゴが手に入るようになるのだ。

 

20170902 早生のりんごという種類があって、まずは農協の野菜市場をのぞくことにしている。ここに小さな農園でとれたような早生リンゴが出てくる。商用のりんごは、やはり10月すぎの最盛期を待たないとなかなか出てこない。実際に樹に果実をつけてから、甘さがついてくるまで、十分な実りを待っているのだ。174730048_unknown それに対して、早生のりんごは8月の最初が勝負で、この時期にお盆を目指して、ちょっとだけ出て、そのあとはさっぱり出てこないのだ。今年は、母の三回忌があったので、そのあとお墓へのお供え用のりんごも必要だった。

 

20170903 まず目立つのは、「祝」だ。青リンゴという感じがして、酸っぱさと新鮮さが取り柄で、この酸味が素敵だ。樹によっては、当たり外れがあるのが、早生リンゴの特徴なのだが、当たりとなるような青リンゴは、もうこれだけで良いと思えるほどだ。177474288_unknown これだこれだと、皮ごとかじってしまう味なのだ。ずっと「祝」が続いて欲しいと思うほどなのだが、この期間は驚くほど短い。1回購入できれば良い方で、例年購入を逃していまうほどなのだ。Img_2988 紅玉と同様に、酸っぱ味系のリンゴは価格は安いのだが、得難い。得難いから、美味しいのだ。もし祝がもっと後の甘いリンゴと混ざって売られていたとしても、これを手に入れたいと思うことだろう。ところが、しばらくすると祝自身の味も変わってきてしまうのだ。

 

Img_8566 次に出たのが「さんさ」だ。これも早生リンゴの一種なのだ。だから、祝の後に出て、これも次に続く楽しみがあるリンゴだ。このようにリンゴの種類は異なるけれども、連鎖を持っているのがリンゴの強みなのかもしれない。リンゴ味のネットワークが人びとの中に定着している。

 

Img_29581 8月から9月になると、近くのK農園に観光客が立ち寄るようになる。津軽、サン津軽などが出てくるのだ。実はこの「サン」がつくのとつかないのと何が違うのか、知らなかったのだ。177474304_unknown 調べればすぐわかることだが、陽に晒すか、袋をかぶせて陽を避けるかの違いらしい。これで早く熟成するのか、遅く熟成するのかが違ってきて、それが味に出てくるのだそうだ。近年、なぜか「サン」のつく津軽がこの辺では多くなってきたような気がするのだ。177474400_unknown わたし個人としては、じっくり型が好みなのだが、ほんの印象でいうならば、やはり長く味が持つような気がしてしまうのだ。

 

9月の後半になってくると、種類も多くなる。今年は2種類の珍しいリンゴに会うことができた。Img_9030 一つは赤い小リンゴだ。農協に早くに出ていたものだ。小リンゴで思い出すのは、米国のリンゴだ。20年ほど前に米国北部のニューハンプシャーをドライブして、街道沿いに真っ黄色い紅葉が連なる中、取材クルーと一緒に快調に走った。Img_8836 途中寄ったドライブインに入ったところに、赤い小リンゴが見事に山積みされていて、見た目にも、また味も素晴らしいものだった。20年経っても、リンゴの印象は変わらない。喉が乾いていたこともあって、この粗野な味は忘れることができない。Img_8817 リンゴは、罪深い人間であることを自覚させた果物として名高いのだが、他方において、自らが動物だったことを思い起こさせ、野生趣を呼び込む果物でもあると思うのだ。177474480_unknown 177737104_unknown Img_2809

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。