2019/02/09

Bench 76−ジャズ喫茶には、ベンチが似合う

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db (ダウンビート)の椅子は、ソファ・ベンチだとずっと思っていた。それは、このリスニング・ルームのほとんどの座席が三人掛け用に並べられていて、他のジャズ喫茶のように、一人掛け中心ではないからだ。



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言うまでもなく、ジャズ喫茶では、話してはいけないのだ。もちろん、後ろの方にある別室ではカウンターになっていて、おしゃべりできるBarスタイルの空間もあるから、常連ならば、こちらに座れば、一人でジャズを聴くことになっていることはすぐわかる。



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一人でジャズを聴く空間で、なぜ三人掛けを保っているのだろうか、という疑問が常にあった。ベンチのスペースを取りながら、一人掛けの贅沢な空間が許されているのだ。学生時代から数えれば、断続的ではあったが、もうかれこれ40年以上通っているから、疑問もかなり長いこと続いている。このような疑問は楽しむためにあるようなもので、疑問が解決してしまわないように、あれこれ想像力を抑制しつつ、通ってきているのだ。



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このようなときには、ベンチというものには、思考習慣的特性があるのだな、と思ってしまう。三人掛けに一人で座っていても、見えない人びとがそこにはいるのだ。そのように思考しても、決しておかしくない、余分な空間がこのdbには保証されているのだ。後ろの方からそれとなく聞こえてくる、他者のおしゃべりに対して、これ見よがしにビールを流し込んで、見えない人との対話を始めたのだ。



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Bench 75−木製ベンチは雪との親和性が高いのかもしれない

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野外ベンチでは、天候が座る人にも、またベンチそのものにも、さまざまに影響を与える。今日の首都圏では、雪がずっと降るらしい。このところ、雨もなかったので、少しばかりのお湿りになるだろう。とは言ったものの、野外ベンチにとっては、雪と寒さは人びとを遠ざけてしまうので、疫病神のように感じてしまうのではなかろうか。このように、ステーション・ベンチならば、まだ座面に雪が積もるわけではないので、あとはベンチの素材の持つ冷たさが問題になるだけだ。やはり、鉄製よりは木製が保温性というのか、保雪性にも富んでいるように思われるのだ。


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疫病神だとは言ったものの、それは座る人の立場からの見方であって、ベンチから見るならば、雪が積もって、座面に座る人が減り、休むことができて良かったと考えているかもしれない。また、雪を好きだなと思っているベンチもあるだろう。適度な湿度をもたらすことは、木にとっても再生のために良いといえるかもしれないからだ。


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この写真を見ていると、雪と木とは他の素材よりも、親和性に富んでいるのではないかと思わせるのだ。金属のベンチだと、少し溶けて、水となった雪が氷となって、ベンチから滑雪してしまうようなイメージなのだ。けれども、木製ベンチならば、このように雪の結晶が崩れないままに、綿あめのごとくに、雪の情感そのものを保持しているのだ。夜になって、街灯に照らされた公園ベンチに、雪が降り積もっているのを見ると、ほんとうに綺麗だなと思わせるものがあるのだ。

 

2019/02/08

Bench 74−大桟橋の斜面向けベンチと港の夜のベンチが素敵だった

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横浜に住んでいて、港のベンチを取り上げないわけにはいかないだろう。ホーム図書館で、せっせと原稿を書いていて、今日ももう少しでお仕舞いだと思っていたら、娘からメールがきた。ワイン祭りのクーポン券があるから、これから行かないかというお誘いだった。ワインを飲んで、ベンチを鑑賞するという趣向は悪くない。

 

ワイン祭りの方は、業者向けのケース売りワインが勢ぞろいして、60種類ほどの試飲ができるという贅沢な催しだった。とくに、辛口白ワインと渋みの効いた赤ワインが粒ぞろいで、ビニール製のお猪口だったのだが、2回りくらい回っているうちに、アルコール量もかなり進んで、酔うほどに気持ち良い状態になってしまった。


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ワイン祭りの会場は大型客船が専門に投錨する横浜港の大桟橋だった。ここは、大きなクジラのような形をしていて、外見はすべて木製であるという、珍しい建物だ。しかも、クジラの身体のような流線型の曲線が随所にあって、木製の外壁と曲線の織りなす全体が美しい。さて、これに合うベンチとはどのようなものだろうか。それが、冒頭のベンチだ。


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いくつかの他に類を見ない特徴がある。まず斜面に設置されており、斜面に横まっすぐに、座面を取り付ける工夫が素晴らしい。その工夫が、バッテン印の脚と背板の混合構築物だ。このバッテン構築物が複数横に重なり合って、脚を織りなしているのだ。ひとつずつは幅が狭いので、斜面の偏りをひとつずつズラしていくことで、座面の水平を保つことができるのだ。かなり考えられている構造だ。建物の斜面に対して、ちょっと切り立った形を立てているという感じも、優しい外壁の局面に対するアクセントとなっている。このような特殊な建物だからこそ、このデザインが考えられたのだろうとは思われるのだが、このベンチは、斜面一般に設置される、普遍形のベンチとしても優秀なアイディアを提示していると思われるのだ。


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大桟橋から山下公園へ入る。パーク・ベンチはこれまでも数多く取り上げてきたのだが、最近のベンチは「排除型」が増えてきてしまって、仕切りが必ず設けられており、公園という本来の「公」の部分が思想的に衰退してきてしまっている。山下公園ともなると、横浜の顔のような存在なので、さすがに姑息な「排除型」は取れない。海に向かって並んだベンチ群も、港のネオンに照らされて、白い脚を浮かび上がらせている。横浜港らしい自由な解放感が伝わってくる。ワインが入っていることもあって、風は冷たかったのだが、しばしベンチに腰掛けて、中華街で食事をしようか、もう少し公園の散歩を続けようか、ちょっとだけだったのだが、余裕ある夜を過ごすことができたのだった。もしここにベンチがなかったならば、どのようなことになっていたのだろうか。



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2019/02/07

Bench 73−4本目の鉄パイプは何を意味するのか

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さらにまた、鉄パイプ・ベンチの話だ。そろそろ鉄パイプの方でも、アイディアが出尽くすのではないかと思われるのではあるのだが、そんなことは一切なくお構いなく、さらに次から次へと、このタイプのベンチが繰り出されてくる。今回は、4本横棒パイプ型ベンチの登場だ。

 

横浜駅は川が谷間から出てきて、その河口にできた駅で、帷子川(かたびらがわ)が流れ込んできている。このちょうど谷間の河岸段丘には、素敵な公園が形成されていて、そのひとつに「沢渡公園」がある。ときどきK大学の講義が済んだ後、散歩がてらに丘の上にあるキャンパスから、谷を越えてやってくる。この先には、いつものコーヒー豆を購入する店があるのだ。


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この沢渡公園のベンチが鉄パイプ型であり、念の入ったことに横渡しパイプが4本付いている。これまでで最高の堅牢さなのだ。3本は、ベンチの前と後ろと背板でいつもの通りなのだが、もう一本通っているところがこれまでのタイプと異なる。



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もう一本は、ここに入っている。つまり、座板と背板との間に取り付けられていて、このパイプが座板から背板へ至る木製の板を支える金属板とを接合し、さらに背板部分と鉄パイプ部分とを接いでいるのだ。つまり、この鉄パイプ構造を考えた製作者は、徹底的に鉄パイプだけで、主たる構造を完了していて、木製板は単に座り心地を向上させるためにだけ着いているということを構想した節がある。この1本のパイプが追加されたことで、このパーク・ベンチは完全に「構造という機能」と「座り心地という機能」とが分離されてしまっていると言っても良いくらいなのだ。

 

このことは、製作者による木製板への不信がそうさせたのか、それとも、純粋に製作者が鉄製への性向を持っていたからなのか、にわかには判断できないのではあるが、この4本目のパイプの過剰さには、つまり無くても良いパイプ1本にこれほどまでに執着していることを示していて、ちょっと異様なものがあるのだ。

 

2019/02/06

Bench 72−鉄パイプ・ベンチの伝統はまだまだ続く

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またまた鉄パイプ・ベンチの話題だ。この写真の鉄パイプ型ベンチは、放送大学本部がある海浜幕張駅前の藤棚下に設置されている。2本横棒パイプ型ではあるが、確かに一番上の横に渡された鉄棒には、かなりしっかりした鉄パイプが使われている。また、一緒に設けられたと思われるテーブルの脚に注目していただければわかるように、同じように脚の横に渡されたヌキも鉄パイプで作られていることがわかる。以前から注目しているのだが、なぜ鉄パイプがベンチに使われるのだろうか。


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今回、ひとつのことがわかった。それは、この2枚目の写真と3枚目の写真を比べていただければわかることだ。2枚目のベンチでは、一番上の背板が木ネジで止められて、損傷していない。ところが、3枚目の写真のベンチでは、一番上の背板がなぜか失くなっている。


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もし木製の板がこの鉄パイプと同じくらい堅牢であったならば、木製板だけで横渡しの構造を担っていただろう。ところが、この写真でわかるように、この横渡し板には鉄パイプほどの信頼を置けないのではないかという可能性が現れている。もちろん、木材の工夫次第ではこの欠陥を補うことは現在の技術では可能かもしれないが。


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ここで、鉄パイプ型ベンチでは、木製背板が先に付けられたのか、それとも、鉄パイプが先に付けられたのか、という違いが当初から問題だったのではないだろうかと、推測してみた。それで、結論から言えば、鉄パイプが先で、木製背板が後付けだったというのが、わたしの結論だ。なぜならば、もし背板が先だったとすれば、背板が取れることのない構造が発達していたはずだが、今日に至るまで、まず鉄パイプありきの構造が発達してきているのだ。これは、つまりまずは、鉄製ベンチが最初作られて、それがパイプ・ベンチを発達させてきたという歴史があったことを示している。そして、座り心地を良くするために、後付けで木製背板が取り付けられるようになったのだが、ここの鉄と木の接合が未だにうまくいかない状態が続いているのだ。これをみていると、いかに「融合」という考え方が難しいのか、ということがわかってくるのだった。最後に、極め付けの写真を掲げたい。19世紀の前半に、じつは鉄棒を使ったベンチの原型がすでに登場し、モデルが確立しているのだ。だから、恐るべきことに、すでに鉄パイプ型ベンチの伝統はじつに2百年くらい続いていることになるのだ。

 

2019/02/05

Bench 71−近年のヒット作「かまどベンチ」

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かまどベンチは、近年稀に見るヒット作だと思う。ベンチの持つ公共性・共同性という性格と、防災という現代の社会意識とが、マッチしているのだ。他の防災用品と比べて、金額が高いにもかかわらず、共同体意識を醸成する点で、大いに社会的メリットを感じさせる商品となったのだ。地域公共団体の予算化しやすい要素が多大に盛り込まれている。かなりの需要があったことを想像させる。防災訓練の炊き出しイベントにも使える。考案者は、「やった!」と思ったことだろう。


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「大量の需要」と言っても公共のことだからそこそこであろうが、相当な発注が各メーカーにあったらしいことをwebサイトなどでみていた。そのうちどこかのパーク・ベンチとして、お目にかかれると思っていた。2月になって、ホーム図書館と勝手に思い入れているK大の図書館に籠る日々がようやくやってきた。お昼には日向のベンチでお弁当を広げる仕合せな毎日が、これからしばらく続く。


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それで、横を見ると、このポスターが貼られていた。灯台下暗しで、今まで気がつかなかったのが、おかしいくらいだ。この大学の工学部には、防災専門家が数多いから、導入にはそれほど反対がなかったのではないかと思われる。ネジで止めてある座面部分を上へ持ち上げると、鉄製の脚ごとベンチの内側がとれ、残ったコンクリート部分が「かまど」になるという仕掛けなのだ。事あらば、単純明快な防災用品となることが書かれている。通常は、下記のかまどベンチではないタイプと外見上はそれほど変わりない。けれども、多機能として使えるのだ。


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真面目一方なのが、防災用品の面白くないところなので、ちょっと茶化しておきたい。ひとつは、なぜ座面がアルミニュウム製の樹脂加工板なのか、ということだ。かまどベンチならば、当然災害が起こったら薪が必要となるだろう。それならば、座面を木製にして、事あらば、それを燃やすことはできないのだろうか、と思ってしまったのだ。製作者の立場に立つならば、やはり自分の作ったものの形は最後まで維持したいと考えるだろうが、薪はどうするのだといらぬ心配をしてしまう。

 

ふたつ目は、さらに過激で、脚もコンクリートにしないで、脚もそのまま燃やすことができるような、丸太にしなかったのだろうか、ということだ。椅子作家の指田さんに教えていただいたのだが、スエーデン・トーチ(スウェディッシュトーチ)というのがあって、丸太に切れ目を入れて燃やすと、そのまま「かまど」となるものがある。ベンチの脚そのものがそれぞれ「かまど」になるのだ。そうだとすれば、かまどベンチは丸太でできた木製のベンチそのものであって、一向に構わないのではなかろうか、とさえ思えてしまったのだ。

 

でも、現代はアイディア勝負の時代なのだ。丸太ベンチを防災ベンチだというよりも、現代型コンクリート・ベンチを「かまど」ベンチだという方が、インパクトがあるということなのだろう。木製にこだわる訳ではないけれども、近年の木材需要低下を考えると、どこかのメーカーが丸太ベンチを防災ベンチとして売り出さないのかなあとも思っているのだ。

 

2019/02/04

Bench 70−野外ベンチはどこから壊れるのか

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野外ベンチの座り心地を考えると、現在でも座面は、新素材よりもやはり木製の方が良いと思う。それで、野外だと木製はどのくらいの耐久性があるのだろうか、というところが問題となることは、誰にでも想像はつくものだ。でも、実際にどのくらい耐久性があるのかは、誰も知らないのだ。



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JR東神奈川駅前には、かつてニチイというスーパーマーケットがあり、現在はサティを経て、イオンとなっているビルがある。このビルの定礎は1979年だから、ちょうど40年が経過している。ビルを建てると、その周囲に「公開空地」を設けなければならない。この駅前の一等地が公園並の空き地が確保されているのは、かなり余裕を感じさせる。残念ながら、車の通過交通量が多いために、憩いの要素はあまり感じられないが、駐輪場としての大量の需要を満たしている場所となっている。



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問題は、ここにかなり旧型のベンチ群が据えられていることだが、管理が随分曖昧らしい。土地自体は、ビル所有者のものであるのだが、公開空地として横浜市へ移管されている。それで、このベンチ群の維持は誰が行なっているのかといえば、難しい問題がありそうだ。たとえば、放置自転車が公開空地に放置された場合には、特別な条例を制定しない場合には、撤去の権限はビル所有者にも横浜市にもないのだそうだ。ましてや、ベンチの管理はどうだろう。一度はおそらくニチイが寄付したであろうけれども、管理維持は誰が行うのかは、難しい問題なのだろう。



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それで、幸いなことにというのか、不幸だったというのか、古くからどのように破損してきたのかが、かなりの年数の経緯がわかるような破損の仕方を見せている。これを観察すれば、ここ数十年のベンチの壊れ具合を観察することができそうだといえる。



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まず、知りたかったことは、どこから破損が始まるのかだ。木製の場合、木組みのところは故障しないが、木ネジのところが破損するのだ、と職人の方々はよくいうのだが、ほんとうにそうなのかがわかる。確かに、木ネジの周りから、破損が起こっているのだ。それから、木目に沿っての割れも木ネジに沿って起こってしまっていることがわかるのだ。

 

2019/02/01

Bench 69−伝説の「グリーン・ベンチ・シティ」

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M先生が歳をとったら、ベンチに座って、街を眺めていたい、と言っていたという話を前回したのだが、そのような社会常識があるために、かえってベンチが撤去されてしまったという、伝説があることがわかった。歳をとることと、ベンチとには、因縁の関係があるらしい。


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それは、「グリーン・ベンチ・シティ」(伝説)と呼ばれるものだ。フロリダにセント・ピーターズバーグという市があって、1908年あたりから不動産屋によってベンチの設置が始められ、その後市長の肝いりで濃緑色のグリーン・ベンチが1916年から設けられ、最盛期には7000基のベンチが街に存在したのだそうだ。7000基という数は相当なもので、それ自体が地域資産となるに相当する基準の量だと言って良いだろう。ベンチというものは、お年寄りにとってシンボルなのだと、文化人類学者のベスペリは指摘している。それはあたかも、心のこもったもてなしや、友達のような好意、そして、ほとんどすべての人びとを受け入れてくれそうなものであることを、ベンチは現している。よく言えば、ソーシャル・キャピタルとして機能して、お年寄りの暮らしの向上に役立ったということになるが、悪く言えば、このためにこの市の高齢化率が上がってしまったことになるのだ。おそらく、フロリダだから、米国の各地から高齢者の移住者たちが押し寄せたことは想像に難くない。どのくらいだったのか、という報告が行われているのだが、60年代から70年代のピーク時には、65歳以上人口が30%を超えてしまったのだが、60年代のベンチ撤去後、2000年には、17%にまで低下したのだそうだ。また、平均年齢も47歳から39歳にまで低下している。


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ここで登場するのが、ベンチのイメージなのだ。やはりベンチには、上記の老年イメージがつきまとうために、ついに若年対策として、すべてのベンチが1960年代後半に取り除かれてしまったという事態に立ち至ったのだ(Will Michaels (2012)The Making of St. Petersburg)。もちろん、ベンチを取り除いたくらいで、どのくらいの社会的影響力を持ったのかはわからないだろう。おそらく、若年対策の都市政策が他にも出動されたからということも作用を及ぼしているに違いないだろう。


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さて、ここでベンチに対する考え方が二つに別れることになる。「ベンチに座って、老後を過ごしたい」派なのか、「ベンチに座らず、若く働きたい」派なのか、ということだ。上記で述べたように、市という規模の施策の問題がここには絡んでいて複雑だともいえる。セント・ピーターズバーグ市は、最初ベンチ設置派が、20世紀初頭に増加した。けれども、60年代以降、ベンチ排除派が増大した。ここはちょうど、米国では60年代までソーシャル・キャピタルが増加し、その後80年代へ向かってソーシャル・キャピタルが低下したと言われる時期にぴったり合っている。


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そして、現在に至って、このグリーン・ベンチが見直され、少しずつ若い層でも、ベンチ設置派が増してきているというところなのだ。グリーン・ベンチ・シティが伝説化したことで、ブランドとしての価値が出てきたのだ。結果として、ベンチ製造業が復活し、この商標のビール醸造業が起こり、グリーン・ベンチ・マンスリーというコミュニティ新聞が発行されるようになっている。ここがベンチというものの二律背反する魔法的な威力を持っているところで、好きなのだ。両方の意味を併せ持つから、評価できるのだ。

 

2019/01/30

Bench 68−世界一長いベンチと聞いて、永い老後を想像してみた

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世界で一番長いベンチというのがあります、と同僚のI先生がおっしゃるのだ。能登を旅行したときに、行きましたよ、と言って、ホームページを紹介してくださった。それが、この写真だ(http://satohama-tokei.jp/spot/147/)。確かに長い。460メートルあるそうだ。I先生が実際に行ったというし、ギネスブックに載ったというから、本物だろう。行ってみたいのだ。放送大学の神奈川学習センターで試験監督を行なっていて、休憩時間の雑談だった。どこに行っても、ベンチの話を出すと、みんなそれぞれに記憶にあるベンチを話してくださるのだ。



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さて、この長いベンチはなぜ作られたのかといえば、観光資源として長い海岸しかないのと、同じくそこに長いベンチがあるというのとでは、格段の違いがあるだろう。けれども、想像してみるに、日本海側に行ったことのある人であれば、だいたいわかるのだ。それは、日没を観るという趣向なのだ。だいたい1時間くらい、サンセット・ベンチに座って、ぼうっとする場所があるという、仕合わせには限りないものがあるだろう。とくに、一日の仕事が片付いて、ビールを飲みながら、このベンチで過ごすことができるということを想像するだけでも、ぶるっとしてくるのだ。冬はちょっと寒いかもしれないのだが、都会に数あるサードプレイスを確実に超越している。

 

それで、金沢に住んでいたことがあるM先生に、そのことを話すと、そのベンチ自体についてはご存知なかったのだけれども、もう少し歳をとったならば、ベンチに腰掛けて、ずっと人を眺めたり、考え事を巡らせたりしたいな、とおっしゃるのだ。それならば、と考えたのだ。このベンチに1日にひと座りずつ、ちょっとずつズラせ座っていくというのは、いかがだろうか。お尻の大きさはだいたい50センチくらいだから、3年弱で端から端まで座り通すことができる勘定なのだ。時間はたっぷりあるし、なんと素晴らしい考えなのだろうか、としばしうっとりしてしまった。「長い」から「永い」を連想したところで、かなりのところ歳を取ったのだ、と自覚したのだった。

 

2019/01/19

Bench 67−聴覚から視覚へと、ハイバック・ベンチの意味が変わった

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ガーデン・ベンチとパーク・ベンチを見分ける、ひとつの目安となるのは、背板の高さだ。名古屋のフラリエ庭園にも、ハイバック・ベンチが数多く置かれていた。パーク・ベンチも一般の室内用に比べると、背板が高いものが多いのだが、それでもガーデン・ベンチの背板の高さの方が優っている場合が多い。なぜガーデン・ベンチにはハイバックのものが多いのだろうか。



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ガーデン・ベンチでは、背板が単に高いというだけではなく、何らかの意味が込められているような気がする。今回もまだ仮説の域を出ないので、そのうち徐々に証明していきたいと考えているのではあるが、やはりガーデン・ベンチが宮廷文化というものを受け継いできているところに、理由があるのではないだろうか。



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宮殿の室内では、背板の高さはあまり必要なかったのかもしれない。けれども、背板が高く、ベンチほどの幅があれば、部屋の中でもそうなのだが、室外でも間仕切りとしての機能はあったといえよう。パビリオン・ベンチのときに指摘したように、宮廷文化の中ではサロンが発達したと言われており、そこでは談話や会話が行われた。このときには、様々な椅子が発達し、さらにベンチも必要となったに違いないだろう。談話や会話を行うためには、個室や間仕切りが必要で、そのために背板が高いベンチ、つまりハイバック・ベンチが発達したのではないかと考えられる。



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アーツ&クラフツ運動の中で、フィリップ・ウェブが制作したベンチは、王朝時代の復古的なベンチだったが、さすがにこのようなベンチは、日本では見たことがない。モリス商会のカタログに出ていて、ケルムスコットにあるモリスのマナーハウスで使われていたことでも有名なベンチが中世から現代へその伝統を仲介している。



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けれども、形式だけが残って、かなりというのか、すごくというのか、甚だしく様式は異なるのだが、下に掲げた写真のようなハイバック・ベンチは、フラリエ庭園にも数多く見られた。とくに、このようなハイバック・ベンチの現代風な使い方としては、聴覚にうったえる談話というより、視覚にうったえる写真の背景として合いそうな気がする。けれども、このように聴覚から視覚へとハイバック・ベンチが変遷してきても、依然として、伝統的に続いているという性質は、日常というものの不思議な継続性を表しているのだと思われるのだ。



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Bench 66−自動車のシートではなく、自由に動くことができるベンチはあり得るか

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ベンチはもっと自由だと思う、と先日述べてしまったが、それじゃ自由に「動く」ことができるか、と問われてしまうことだろう。それで、意外にきちんとその思想を忠実に実現してしまっているのが、このベンチだ。やはり、フラリエ庭園の中で見つけた。右側にある二つの取っ手を持ち上げて、一輪車のように動かすことのできるベンチだ。



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車がついているので、何のためについているのか、と最初は荷車のイメージで眺めてしまったのだ。このベンチを荷車から発達したものと考えるのか、それとも、ベンチから発達したものと考えるかで、見方がかなり違ってくるだろう。前者だと、荷車ベンチということになるが、後者だと移動式ベンチということになるだろう。荷車が固定化されるのか、ベンチが自由になるかの違いだといっても良いだろう。ようやくにして、後者の心がわかってきたような気がするのだ。また、それに加えて、この自由ベンチは意外に木組みもしっかりしていて、ベンチそれ自体としてもどっしりしており、肘木が広く好きなタイプのベンチなのだ。

 

 

Bench 65−近代になってミニマライズされたパビリオン・ベンチ

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ベンチの源流をなすもののひとつに、ガーデン・ベンチがある。パーク・ベンチとガーデン・ベンチとどこが違うのだろうか。庭園の「庭」が家庭の「庭」だからといって、公園の「公」と対比させて、プライベートな園対パブリックな園などとやったら、途端に顰蹙をかうことになるだろう。庭園の「庭」には、宮廷の庭園の意味が強く、パブリックな要素が強いからだ。



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ガーデン・ベンチには、宮廷文化の下で培われた庭園に設置されたものが系統化されている。たとえば、ドイツのサンスーシー宮殿のパビリオンなどが形式化され、近代のガーデン・ベンチへ影響を与えている。



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名古屋のフラリエ庭園には、かなりミニマライズされたパビリオン・ベンチがいくつか存在する。ひとつは冒頭に掲げたほんとうに、あずま屋というのか、休憩小屋風というのか、かなり小さな雨宿り小屋というものがあり、そこにはほぼ必ずベンチが置かれているのだ。2番目のもののように、通常は池に面して、ベンチが置かれている場合も多いのではないだろうか。



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けれども、こうなってくると、ちょっと事情は異なってくるのではないかと思われるのだ。つまり、近代になるに従って、ミニマライズされる傾向が出てくるといったのだが、これの場合は単に小さくなるだけではなく、むしろ形態変化してきているのではないだろうか。何に似ているかといえば、鳥かごではないかと思われる。鳥かごにつがいの小鳥が座っているという構図になるのではないかと思われる。ケージ・ベンチとでも呼びたくなるような雰囲気を持っている。最後のこれなどは、口悪しくいうならば、まさに鳥かごの団地のようなベンチではないだろうか。



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Bench 64−鉄パイプ式パーク・ベンチの逆襲

岐阜の金公園では、パーク・ベンチに技術革新が起こり、従来のパーク・ベンチ特有の、鉄パイプを使用したパーク・ベンチが2000年代初頭に一掃されたのではないかと書いてしまった。ところが、さにあらず、その後技術革新が起こって、鉄パイプが使われなくなったと思われた(これはあとで述べるような、パーク・ベンチの2000年代大量発注事件が根拠となっている)後にも、さらに鉄パイプを異なる形態で使うような、パーク・ベンチがあちこちに納入されていることを知ることとなった。これほどまでに、鉄パイプに固執し、ベンチ製作にパイプを使うことにこだわるのは、なぜだろうか。



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ひとつはこのパーク・ベンチだ。久屋大通公園の南にある「庭園フラリエ」の池端に設置されていたベンチなのだが、鉄パイプが見事に、横に3本通っており、それらが綺麗なループを描く肘木部分で受け止められている。明らかに鉄パイプが使われてはいるものの、かつての雲龍型というのか唐草型というのかの受け手ではなく、洒落たモダンでシンプルな受け手になっていることがわかるのだ。



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もうひとつは、もっと革新的であって、横に鉄パイプが通っている点では共通しているものの、ずっとモダンな香りのする、デザインの考えられたパーク・ベンチだ。従来のものと共通点はあるものの、鉄パイプの役割がなお一層積極的に前面に出てきている。背板そのものが鉄パイプなのだ。そして、さらに座面にも、座りやすい曲線が使われていて、かつての旧式なデザインを一新したものになっているのだ。

 

このようにしても、鉄パイプを生き残らせようとする、暗黙の圧力がこの世界には存在する。ほんとうに、なぜなのだろうか。パーク・ベンチ界には、確固とした鉄パイプ・シンジケートが存在するのではないかと疑ってしまうほどなのだ。

 

 

Bench 63−巨大ベンチの5大傑作選(名古屋の街中編)


巨大さというものが、なぜベンチに必要なのだろうか。それは、一般的にいえば、「規模の経済性」という、効率性の問題だということになるだろう。多くの集団が集まる可能性があるところでは、大量の椅子を用意するよりは、巨大ベンチを備えたほうが、経済性が高いといえる。ところが、ベンチに限っていえば、必ずしも巨大性は経済効率のためだけに追求されているわけではないことがわかる。巨大であることは、目立つことであるから、「見せびらかし(conspicuous)」の要素が入ってくるからだ。座る目的よりも、人目を引く役割が強調される。そして、何よりも、巨大なベンチを設置できる、巨大なスペースがあることを誇示できるところでなければならない。大きな広場や大きな公園ということになる。そこで、名古屋の街中にある7公園を回った中で、巨大ベンチに焦点を当てて、5大傑作と思しきベンチを選んでみた。


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第1位は、久屋大通公園の柵ベンチだ。腰掛けられるものは、すべてベンチだということで市民権を得て、晴れてマイノリティの地位から1位に躍り出たベンチといえよう。大きな鋼鉄のパイプに樹脂が塗られていて、道に沿って柔軟に形をよじることができる優秀な柵ベンチだ。座り心地も悪くない、また樹脂のお陰で冷たさも和らいでいる。



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大量の市民が押しかけても、座る需要をかなり満たすことができそうである。それに加えて、この大きな空間に決して負けていない。遠くまで延々と続く公園を底辺で支えていて、縁取りをしているかのような、オブジェとしても素晴らしいと思われる。だんだんに下っていき、奥のパーラーへ行きつく坂道の上を両側にワイドに展開する姿は、真にモダンな感じがするのだ。



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第2位は、池田公園のグエル公園風ベンチだ。ガウディ・ベンチは、コンクリート製も木製もバルセロナにあって、それだけで存在感のあるベンチなので、別のところで詳細に取り上げるつもりでいるのだが、とりあえずここでは池田公園のものを上げておこう。



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もし池田公園全体がグエル公園のように作られていたならば、第1位に取り上げるところなのだが、ほんの一部であっても、子どもたちの遊具を囲んで、ちょっと腰を下ろすには適切な囲い柵風ベンチとなっているだろう。



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第3位は、直線型としては、かなり巨大な名古屋科学館のベンチだ。白川公園内の科学館の野外展示場にある。この写真の左下の茶色のものだ。残念ながら、塀の外からしか、カメラに収められないほど、長いベンチなのだ。市電ファンならば、ここに座って、じっくりと電車を眺めることができるだろう。多くのファンが詰めかけても、この長さがあれば、かなりの収容力を誇示できるだろう。ただし、問題は直線型であることだ。同じ方向からしか、眺めることができないのだ。市電をぐるっと囲うだけのスペースの余裕は十分あるのだから、あとは担当者の想像力だけの問題だったと思われる。第1位を狙えるほどの空間を保持していることだけは確かだ。



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第4位は、この久屋大通公園のファウンテンサイド・ベンチだ。泉が湧き出るきわに座っていたいという欲望は、世界共通に存在するようだ。たとえば、ローマのトレビの泉には、いつも観光客たちがベンチとして座っていて、立ち去ろうとしないのだ。この久屋大通公園の噴水ベンチは、さらに腰掛けやすい工夫がされている。



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水際を注目すればわかるように、二重に石囲いが細工されていて、水に濡れずに座ることができる。夏の暑い時には、涼みに来たいと思う。そして、同じ涼むにしても、池と異なり、泉や噴水の良いところは、やはり水が絶えず吹き出て流れており、蚊などの害虫が発生しないという点があるだろう。


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さて、いよいよ第5位だが、正統派のパーク・ベンチを入れないわけには行かないだろう。やはり、久屋大通公園のパーク・ベンチだ。この長さがまずは目を引く。横板の使い方が半端でない。これだけの長さの木板を揃えるのは、かなりの費用を要したに違いないのだが、小さなベンチを横に並べるよりも、大きなベンチをここに並べる必然性があったのだと思われるのだ。



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バスの待合に利用されているのだが、この背板のせり上がり方に注目していただきたい。座って、後ろへゆったりと体重をかけることができるほどに、大きな背の部分が確保されていて、見るからに立派であるのだ。こうなると、格式の問題ではないかと思われてくるのだった。久屋大通公園という、名古屋市の中心に位置し、公園自体も巨大であるからには、パーク・ベンチも巨大でなければならないと発破が掛かったのかもしれない。

 

Bench 62−室内ベンチの繊細さが美しい

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野外ベンチはワイルドだ。それで、妻が言うには、もっと美しいベンチがたくさんあるのに、なぜそれを取り上げないのと言うのだ。そう言われたから取り上げるのではないのだが、やはり室内ベンチは美しいと思うし、繊細な趣が素敵だと思うのだ。このところ、ずっと野外ベンチばかりを取り上げていたから、急に目の前に現れるとやはりグッときてしまうところがある。

 

もうひとつの取材先の予約を行なった。その玄関先に、このベンチがそのまま展示されていた。この細い木の持つ、肌触りの良い感触は、室内用ベンチが持つ特権だといって良いだろう。手垢が付くことを厭わずに、普段着でじっと座らせてくれる優しさと親切心が伝わってくるような気分だ。



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ガラスの玄関ドアを開けて入ると、右側に見たことがある椅子が置かれていた。おむすび型の座面とツウトーンカラーの取っ手を持った子ども椅子とスツールだ。飛騨のKさん夫婦の作品である。ここ数年お世話になっているクラフトフェアの木工家の作品だ。別の世界だと思っていたところで、懐かしい知り合いに出会ったような気分だった。



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このようなときには、続いてもっと多くの出会いがあるものだ。すでに午後の2時を回っていて、昼食を食べ損ねる時間帯に入ってきていた。このショールームを出て、商店街が続く町並みを少し歩くと、この写真のランチの看板が目に入った。それが成功で、中は静かな喫茶店風なのだが、フランス料理の店だった。カキフライのタルタルソースが美味しかったのだ。付け合わせが煮大根だったのだが、これがまた不思議にカキフライに合っていて、旨さを二度味わった次第である。

 

 

Bench 61−川の流れのような人生とリバーサイド・ベンチ

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ベンチはうたかたの「事物」ではなく、「場所」の概念だという考え方がある。外の広場や室内の部屋などのある限定された空間の中で、ベンチは一定の場所を占めているからである。それは、このような広場や部屋のようなところとの相対的な関係から言えるのだと、これまでは思っていた。



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名古屋の広小路通を駅から東に歩くと、北から南に流れている堀川に当たる。水量が豊富で、ゆったりと流れている。堀川に掛かっている橋から眺めていると、ここだけでもいくつかのベンチを発見できる。なぜリバーサイドには、ベンチが似合うのだろうか。



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川の流れを眺めるために座る人もいるかもしれない。けれども、単に川のそばにあるというだけで、ベンチに心休まるものを感じてしまうこともあるような気がする。もちろん、立身でも良いかもしれないのだが、川の流れに意識を乗せるには、自分の身体の方は座らせて、一定の姿勢を保持していた方が、何となく落ち着いて、自由に意識を解放できるような気がするのだ。それは、川の流れの動きと、ベンチへの静座との相対的な感覚なのかもしれない。公園や広場には存在しない、解放感が川端には存在するような気がする。



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もっとも、解放感があるからと言って、方丈記のように、すべてが水の泡のごとくに見えてしまうというのも極端であって、もちろんベンチも家のように「水の泡」のごとくに消えてしまう部類に入っていても良いのだが、一人で腰掛けるのではなく、二人以上で腰掛けるようにできているので、多少とも無常観を緩和してくれるのではないかと、ベンチには期待してしまうところもあるのだ。

 

昔のテキストを引っ張り出して、堀川に写してみたのだ。「行く川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れ(やけイ)てことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る(青空文庫)」と、歳を取ってくると、ときには最初だけでも広げたくなるが、ベンチにこだわっているうちは、リバーの中にまでは至らずして、リバーサイドに身を留めたいとまだまだ考えているところなのである。



Bench 60−どのような特性があるとベンチと呼んで良いのだろうか

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ときどき、ベンチとは何だろうかと悩む現象に出会う。この写真などがその例だ。これまで、ベンチは階段でもある、ベンチは土手でもある、ベンチは石だ、などと境界線上のベンチを取り上げてきた。このような線引きを行なってきて、それでは改めて、ベンチとは何かと問われても、まだまだ帰納法的な証明方法に照らしても、これらがベンチだという水準の収集には至っていないことに気づかされる。最終的には、ベンチとはカクカクして、シカジカだ、といいたいと考えているのだ。

 


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名古屋駅から東に伸びている、歴史由緒に満ちた「広小路通」を歩いている。交差点に差し掛かって、この冒頭の写真のモニュメントに出会った。何のモニュメントなのかは遠目で分からなかったのだが、きわめて現代的で奇抜な飾り付け(イルミネーション)に目が行ったのだ。そして、この石造りの塀というのか、柵というのか、囲いに注目したのだ。



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おそらく普通にただの石の囲いだけであれば、段差扱いのベンチだなどと言っていただろうが、この囲いに仕切り板が渡されていることに誰でもが気づくのだ。この金属の仕切り板があることによって、にわかにこの石の囲いは、ベンチまがいに見えてきてしまっているのではないかと、わたしには思えるのだった。これは、あまりにベンチベンチと探している、わたしの主観による錯覚なのか、あるいはモニュメント制作者による何らかの意図のある、仕切り板なのか、にわかには判断できないのではないだろうか。果たして、ベンチとは何なのだろうか。



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Bench 59−赤色カバーが映えるビル前のベンチ

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岐阜からの帰りに、名古屋へ回った。来年度の準備で、取材を申し込むためだ。取材はあまり上手な方ではないのだが、やはり準備だけは怠りなく行っておかねばならない。だいたい6ヶ月後くらいを目指して、連絡を入れるようにしている。それでも、相手があることなので、いつもうまくいくとは限らない。いくつかの取材源に申し込みを行ったのだ。

 

最初に伺ったところのビルの前に、赤色の目立つベンチが待ち構えていた。脚を見せないように、スカートを穿いているかのようなベンチだ。スタイルを気にしているところが、ベンチにももし性別があるとするならば、女性を感じさせる。


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これだけ隠してしまうと、かえって構造がどのようになっているのかを探索したくなってしまうのが、人の心だと思われる。なぜこのようなカバーを被せたような構造にしたのだろうか。ひとつは、観察すれば直ちにわかる。脚元に光を取ろうとして、この光の窓を取り付けようとしたからだとわかる。けれども、それだけならば、脚だけにカバーをつければ良いのだ。

 

座面にまでも、なぜカバーをつけたのだろうか、ということが残された疑問であった。やはり、強度の問題なのだろうかと推測したのだ。座面が木製の場合に、この木部の端っこが時間とともに砕けてくるのだ。それを防ぐには、木部を保護しなければならないだろう。そこで、木部を下から包み込むようにしたのだと勝手に推理したのだ。そして、この包み込む構造を利用して、カバー全体にそれを広げたのではないかと思ったのだ。


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何れにしても、構造上の問題を考えなくても、デザインの問題だけでも、美しいという理由で、この赤いカバーは十分に成り立っていると思われる。灰色のビル群の中にあって、この赤色は映えるのだ。ちょっと洒落てタバコを咥え、オフィスを後にして腰掛けたいと思わせるベンチだ。

 

Bench 58−ベンチ好きの街と呼べるような都市があるのだ

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駅前ベンチには、その都市を象徴する形のベンチが用意されている。岐阜駅の場合は、長良川の鵜飼を乗せる手漕ぎ舟だ。このようなローカル色とは別に、駅前広場のベンチには、近代特有の機能主義的な趣向が出てきやすいことは、以前に指摘したことがある。駅前広場には、立ち止まって見てもらいたい意向と、混んでしまうことを避け、立ち止まって欲しくない意向とが錯綜する傾向がある。ベンチにそれが現れる場合がある。岐阜駅前が、まさにそのとおりであり、しかも他の駅前にも増して、この迷いを拡大して見せている点で、注目すべきであると思われる。



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岐阜駅前には、二つの種類の広場が用意されていて、極めて贅沢な公共広場を構成している。ひとつの広場には、通り過ぎて欲しい広場となっている。だから、例によってキマワリ・ベンチが大勢を占めている。場所をとらず、効率的に人を休憩させる。もっとも、岐阜駅では最大限の歓迎の意味が込められて、印象深い、黄金に輝く「織田信長像」を配して、どうぞ通って行ってくださいとメッセージを発信している。



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もうひとつの広場というのか、それはもう公園の趣のある場所なのだが、「やすらぎの里」と名付けられていて、どうぞ滞在して休んでいってくださいという雰囲気なのだ。



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ここへペデストリアン・デッキから降りてしまうと、もう一度この跨線橋の歩道へ登ってこない限り、他の場所への移動はできないことになっている。つまりは、閉鎖的な滞在型公園がそっくり駅前広場の真ん中を占めているという趣向なのだ。



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ここには、ゆったり座る型の背板の立派なベンチが数多く設置されている。整備にかなりの費用をかけていることのわかる、贅沢な駅前公園なのだ。



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このように機能を二つもち、さらにそれぞれにこれだけ手を加えることのできる余裕のある自治体はそう多くはないだろう。けれども、そのために多様な種類のベンチが開発されることには、まずは喜びたいと思っている。駅ナカの待合ベンチといい、駅前広場のベンチといい、街中のロードサイド・ベンチといい、そして金公園のパーク・ベンチなどなど、岐阜にはベンチ狂いとでも呼べるような雰囲気が横溢しているのを見たのだ。

 

Bench 57−公共からの公私混合作用ベンチ

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民間がリードする公私混合がありうるならば、公共が主導する公私混合作用も存在して当然だろうと考えながら、駅前の繁華街を歩いていたら、そのとおりのベンチがあったのだ。年季が入っているところから見ると、数年前の岐阜市事業ということになるだろうが、「歩いて暮らせるまちづくり」事業というが計画され、この「街角ホッとベンチ」が置かれたらしい。そのベンチが、この近辺にいくつか残っていた。



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この写真のベンチは、小路が交差する角のギャラリー風ビルの一角に置かれていた。表示されているステッカーに寄れば、「まちなか歩きを楽しんだり」するために設置されたとされ、まちづくりがまずは強調されている。やはり、公共の税金が使われている以上、公共性を前面に出す必要があるといえよう。民間の軒下を借りてはいるのだが、ベンチには、公的な性格が内在しているのだという点を突いている。


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次がたいへん面白いのだが、突然「健康寿命を延ばすための休憩や語らいの場」としているのだ。この「健康寿命を延ばす」という個人の功利的な関心に飛ぶところが、ちょっと限界を感じてしまうところだ。もちろん、ベンチにちょっと座ったからといって、寿命が伸びるわけではないことは誰にでもわかるのだが、あえて効用を唱えなければならないという義務感を持ってしまうところが、「公共からの公私混合作用」であると思わせてしまうところだ。


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そして、何より「公共からの公私混合作用」であることのデメリットは、すべて同じ形のベンチで統一してしまおうという開発主義的な発想に満ちている点だ。この壁を乗り越えることが、今後の公私混合作用ベンチには求められることに相違ない。もうひとつの同じ型のベンチがもう一筋行った店前に配置されていたが、この状態だった。ベンチは、もっと多様で自由なものなのだと思うのだ。

 

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。