2017/09/20

グレインノート椅子展を観る

Img_8460 あずさ5号で松本へ降り立つ。駅で感ずる、すうっと入ってくる風に秋だなと思う。今日、水曜日は松本市全体がほぼ休業日となるので、観光客も少なく感ずる。けれども、それを知らない外国人がかえって目立つのだ。考えてみれば、わたしも地元の人からは外国人と見られているのかもしれないと思うのだった。

 

Img_8461 グレインノート椅子展は公式には第10回を迎えている。わたしはここ3年ほど前からようやく通いはじめているのだが、毎年新作が出て少しずつ趣が変わってくるところが良いのだと感じている。「少しずつ趣が変わる」法則性というものがあって、その年には「座編み」が座板の世界の中から、一斉に出てきたり、椅子のデザインがカラフルになって出てきたりするのだ。今年も以前のものを少し発展させて、全体の流れはそれほど変わるわけではないのだが、少しずつなのだが、部分的に見るとかなりの発展が見られたものがあったのだ。

 

Img_8463 グレインノートのS氏制作のベンチは、昨年のUアームチェアの発展型なのだそうだ。Uアームチェアが魅力的であることは、わたしも放送大学の教材で取り上げさせていただいたので、十分にわかっているつもりだったのだが、Img_8495 これをみて、さらに想像力を異なる方向へ発展させていた方が顧客の中にいたということだ。世の中は広いのだ。

 

それで、このUアームチェアを発展させて、ベンチを作って欲しいという注文があったそうだ。それでできたのが、この新作のUアームチェア・ベンチなのだ。確かに、Uアームの肘木を受け継いでいる。つまり、特徴ある曲がり方と形状はUアームチェアの遺伝子を継いでいる。Img_8505 けれども、本来のUアームチェアの肘木は、たいへん細いので、背部分をベンチ風に長くするには、背部分を厚くする補強が必要となってくる。そして、アームを支える点も以前よりもスピンドルを多く設定しなければならなくなる。このような必然性が、少しずつUアームチェアの基本的な部分を改良し、発展させていく動因となっていることがわかる。少しずつ変わるということに必然性のあることがわかる。

 

Img_8506 そして、この少し変えたことによって、元のUアームチェアとは異なる造形を少しずつ生み出していることもわかるのだ。たとえば、座板の網部分以外にも、横のところに栗の木の木目を生かした部分が出てきて、これがこのベンチの特色となっている。デザインというものは、このようにして変化していくものなのだ。さて、このベンチがどのような場所に収められるのか、たいへん楽しみだ。このことこそ、想像力を掻き立てられるところなのだ。

 

Img_8471 少しずつ変えている点では、Y氏の編みの椅子にも、この特徴が出ている。これまでY氏は、野生的な特色を強調してきた椅子を作ってきている。そこにほんの少し変化を加えただけで、野性的であることに変わりがないのだが、野性的な印象が野に居る「貴婦人的な印象」に変わっているのが、この椅子だ。なぜ女性的な印象に変わったのかといえば、後脚を完全に45度に転ばせて、前脚から後脚への幅を極端に絞ったところに、その秘密がある。そしてまた、むき出しの背板部分を編みで覆ったところから、全体的に洒落た感じが出てきたのだといえよう。従来の男性的な椅子と、今回の女性的な椅子と、これら両方をペアで組み合わせて使う人が出てきても不思議ではないだろう。このようにして、基調は同じだが、重層的な多様性が出てくるのが、「少しずつ変える」醍醐味だといえる。

 

Img_8481 少し変えたという点では、H氏のウィンザーチェアも昨年から少し変わっている。どこが変わったのかわからないほどなのだが、座った感触が違うことがわかる。さて、これは製作者ご本人に聞いて見てようやくわかるのだと思われるほどなのだ。歯切れが悪くて済みません。でも、確かに昨年の小さくすっぽりした感触とは違っていて、少し大きくゆったりとした感じを優先させたのではないかと思われるのだが、さてどうだろうか。何れにしても、ウィンザーチェアなのだが、たいへん軽量に作られていて、それは座板を薄く削り込んだところに現れているのだ。

 

Img_8470 最後に注目したいのは、K氏のスツールだ。両方とも、じっくりと眺めるとようやく苦労した点が見えてくるような椅子なのだ。K氏は様々な意匠を組み合わせることがうまいことで知られている。たとえば、こちらのハイスツールでは、座面にレザーの柔らかい素材を配置して、座り心地の良いものとなっている。おそらくレザー部分は外注したものと思われるが、スツールというものがお尻に過酷であることを知っていないと、このような工夫はできないだろう。どうしても、木工で生きてきた人は、木工でどうにかしたくなるのだが、K氏はそれを乗り越えている。さらに、S氏にこのハイスツールの貫の作り方を聞いてみた。すると、このハイスツールの隠れた苦労が色々と見えてきたのだった。ちょっと見た目には、貫に椅子の脚が刺さって突き抜けているように見えるかもしれないのだが、そう見えるように作られているが、じつはそのような作りでは不可能なことがわかるのだ。Img_8469 それじゃ、どのようにしてこの貫を突き抜けるような脚をつけたのかが問題となるのだった。ほんとうに見れば見るほど、不思議な作り方をしているのだった。同様にして、もう一つの編みのスツールも、簡単そうに見えて、じつはウルトラC級の技術が入っていることが、それもようやく説明されるとわかるのだった。これだから、椅子を見るのはやめられないのだ。(9月16日から9月24日まで、松本市の中町通りグレインノートにて開催されています。)

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2017/09/08

パン日和「あをや」で夕食し、映画「Paterson」を観る

Img_2933 日常の一日を詩の言葉であらわしたら、どのようなことになるのだろうか。日常の変わらない一日を映像であらわしたら、どのようなものになるのだろうか。監督J・ジャームッシュの映画「パターソン」をチネチッタで観る。まずは日常ということで似合うのは、ベッドだ。というと、ちょっと違うことを想像する方もいるかもしれないが、今回の映画では、一日ずっとベッドを写していても良いくらいなのだった。S__28319755 この主人公二人のベッドでの姿は静かな日常そのものだ。歴史はベッドで作られるのはヴェルサイユ宮殿なのだが、日常こそベッドで作られるのだ。ここが平静である家庭は、日常も平静だ。ポスターがその仕合せなシーンを写している。

 

Img_2931 もう一つは仕事の日常だ。映画の中で、主人公の運転するバスが交差点を左に大きく曲がる。ウィンドウに街の日常がぐるっと映し出される。人びとが歩いている。ショッピングバッグを持っている。反対側を走るタクシーが光っている。

 

世界中から光粒子が集まってくるが、バスが通り抜けるところだけを避けている。周りはすべて日常だ。今日だけは、日常から抜け出て、ということが起こらないことになっているのだが、さてどうだろうか。

 

Img_2911 バスの運転手である主人公は、ニュージャージーのパターソンに住む「パターソン」で、ちょっとした時間に、詩を書いている。朝の6時10数分ごろ、目が覚める。妻の「ローラ」にキスをして、古い椅子の上から服をとる。最初はモーエンセンの椅子だった気がしたのだが、途中からフランク・ロイド・ライト風の椅子に変わっていた。どちらの椅子も古くて素敵だ。

 

Img_2925 詩のノートの入ったブリキの弁当箱を持って、古いレンガの街を通り抜ける。運転席で詩を書き付けると、上司がやってきて、周りの日常が流れて行くのだ。バスが出発し、時計が早回りして、乗客の会話に微笑む日常もある。

 

最初に出てくる詩は、「Ohio Blue Tip Matches」だ。食卓に何気なくおかれているキッチンマッチなのだが、マッチ箱からマッチ棒が取り出され、火が着けられるにしたがって、生の詩になっていくのだ。はじめは日常で、何か火を使う目的があったり火が求められていたりしていたのだが、それがマッチと火と人間との全体の関係に変わってしまうのだ。マッチが擦られ、炎が燃え上がるときに。Ohiobluetipmatches2boxesfullorigina

 

帰りにも同じレンガの道を通る。家に着くと郵便受けをカラにする。妻はカントリー歌手目指しての服飾つくりと、週末バザーに出品するカップケーキつくりに余念がない。この服とケーキのデザインが、以前の監督作品「コーヒー&シガレッツ」の市松模様の趣味を受け継いでいる。彼は夜の散歩に、飼い犬の「マーヴィン」を連れ、バーでビールを一杯飲み、客の悲喜劇に付き合いクックと笑う。こんな余裕ある日常もある。家に帰ると、ビールのほのかな香りを、妻のローラは好きだと言う。こんな毎日が繰り返される。

 

Img_2927 パターソンの日常とはいったい何だろう。映画のパンフレットに次の引用があった。「身の回りにある物事や日常におけるディテールから出発し、それらに美しさと奥深さを見つけること、詩はそこから生まれる」と。もちろん、兵役の写真などがベッドサイドに飾られていて、過去がちらりとのぞく場面もあって、映画には現れない日常もあることは想像させられる。なぜ彼は詩を書き始めたのだろうかということも気になるところだ。詩のシーンを通じて映画が何か描くと、ふつう非日常的なことになってしまいがちなのだが、むしろこの映画では大切な日常がかえって現れてくるのを感じてしまうのだ。少女の詩人が読んでくれる詩には、それが現れている。

 

Img_2913 監督J・ジャームッシュは、20数年まえにアメリカの詩人ウィリアム・C・ウィリアムスの詩集「パターソン」を読み、この街パターソンを訪れたそうだ。映画の主人公が「バスの運転手」であり「詩人」でもあるという、ディテールがいっぺんに浮かんだそうだ。

 

Img_2914 詩の好きな人であれば、映画の最後に出てくる「The Line」という詩には、きっと涙することだろう。この「1行(Line)」には、ドラマが凝縮されている。わたしたちにも、いつもこの「1行」が与えられていて、みんな気づかないかもしれないのだが、じつはそれぞれのノートに、ほんとうは書き込まれているのだ。

 

Img_2915 映画は、夜の7時からだった。K大の図書館で仕事をしての帰りに、少し時間ができた。その間に久しぶりに、パン日和「あをや」へ寄って、夕食をとった。Img_2917 奥様がちょうど2階で、パンの仕込みを行なっていて、パン屋の帽子なのだと思われるが、横縞の白い柔らかな毛糸の帽子を付けて現れた。かぼちゃなどのスープと、クリームチーズとアボガドのサンドをいただく。Img_2919 食後に、りんごと紅茶のセパレートティ。夏には、ご主人の実家のある帯広へ行ってきたとのことなどを雑談した。帯広に本店のある六花亭のチョコレートをおみやげにいただく。仕事中毒の自分自身から抜け出す、最良の一日となったのだ。

2017/09/03

急勾配の坂道を自転車で飛ばす

レンタル自転車を借りることができるというので、観光協会へ行く。保険には入っていないので、自己責任でお願いいたしますというのだが、それは借りたわたしのことを案じていってくださったのか、自転車のことを心配していったのか、つい聞くのをためらってしまった。

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山の中の道路なので、一直線に続いている。それがなだらかに数百メートル続くので、下から見上げると、大した坂ではないように思えた。それが間違いだった。電動付きの自転車があったらと、途中で振り返ってみたが、すでに坂道をだいぶ上がってきていた。Img_8399

ちょっと休憩。山籠りして、すでに数週間経つ。この間の稲の成長ぶりは大したもので、すでに頭を垂れ始めている。そして、これだけの高地になると、稲よりも蕎麦畑が目立つ。稲穂よりも高く育ち、一面白い花を咲かせている。ずっと向こうの山までも達するかのように、白い絨毯が敷き詰められている。

 

Img_8360 最近では、スズメ除けの様々な機械が発達したので、案山子の姿をすっかり見ることがなくなったのだが、たまたま休憩した近くの田んぼには、それなりの表現力を持った立派な案山子が立てられていた。Img_8362 こっちの田んぼはダメだよ、あっちの田んぼもダメだよと聞こえるようだった。シェーの姿勢が標準形で外向的なものが多いのかと思ったら、意外に内向的な案山子もいることに気づく。

 

Img_8388 さらに目的地は遠い。老人ホームがゆったりと現れる。そして、高級ホテルに配給車が次々に入って行く。この辺も、坂道で猿たちが戯れている。Img_8369 ボスザルともなると、自動車も避けない。今日は、クマが木に登っていました。と木工工房につく早々、椅子作家のY氏がおっしゃった。

 

Img_8371 じつは訪問の理由があるのだ。7月に訪れた時に、当地に忘れ物をしてしまい、それをいただきに来たのだ。ということにあるのだが、もちろんそれ以上に、再びお話を伺いたかったのだった。Img_8372_2 Y氏の椅子に囲まれて、1時間ほどおしゃべりを楽しんだ。5月にヒアリングを受けていただいてから、7月にはテープ起こしした原稿を見てもらっていたのだ。それで、いくつかのさらに聞いておきたいことがわかってきて、このことが気になっていた。

 

Img_8373 ヒアリングのときに、「作っていて楽しい」、という話をされていて、この「楽しい」という意味は、椅子を鑑賞したり座ったりする利用者の楽しさとは、明らかに違って、制作者としての楽しみということになるだろうことはわかっているのだが、それでは実際にどうなのだろうか、という質問をおそるおそる行ってみた。

 

Img_8416 制作者としての楽しみは、制作者それぞれで異なるのだろうが、と慎重に前置きして、Y氏の場合には、「形に現れてくる」ことだとおっしゃるのだ。これは聞くものにとっては意外な展開だ。制作者は自分の図面をひいて、その通りに椅子を作るから、形はすでに椅子ができる前には図面の中に、あるいは図面を作らない人でも、頭の中にあるはずである。だから、むしろ図面通りいかなかったり、自分の頭に描いた通りに行かなかったりすることは、制作者にとってはストレスになるはずだとわたしたちは思いがちである。Img_8409 ところが、そうではないと、Y氏はいうのだ。じつに、まさにここを聞きたかったというところに直ちに突き当たったのだ。ここで、楽しめるという境地がありうるということは、たいへん興味深かったのだった。

 

Img_8423 ヒントは、機械でできることなら、予想通りの製品ができないとストレスになるかも知れないが、けれども、ここが手作りの違うところだ、という確信にあるのだ。予想通りの製品ができないことの方が、楽しいのだ。近代がスベスベで、均質でなおかつ規格品を求めて来たという歴史をひっくり返す言葉だったと思う。

 

Img_8418 Y氏の作り出す椅子に座っていて、最近気のついたことがあった。山籠りのここ数週間、ずっと彼の椅子に座っていたのだ。それで、座り心地はぴったりで申し分ない。けれども、もう一つの面白い現象を発見したのだ。話は入り組んでいるので、わからないと感じた方は飛ばして読んでいただければと思う。

 

Img_8417 それは、Y氏の椅子の脚が八角形で作られているというところにある。じつは、椅子の脚には、貫(ぬき)が通っている。ふつう、直角に縦横二本の貫が一本の脚から出ている。これで、脚の二面が取られる。そして、縦横の貫に挟まれた一面があるので、椅子の構造では、合計三面がそれらに取られている。八角形の残りは五面ということになる。

 

Img_8420 ここで、わたしの癖なのだが、仕事をしていて、椅子の脚に触ることを絶えず行っているのだ。そして、いずれ頭に神経が集中して来て、疲れが溜まってくるのだが、そのときに、手で脚を上から下まで触ると気分が落ち着くのだ。おそらく、木に触っていることで、手へ血液が回るからかもしれない。最初、人差し指と中指で、脚の面をなぞっていた。そのうち、薬指、親指、小指とそれぞれの面があることに気づいたのだ。つまり、椅子の構造に使われている三面と、5本の指に割り当てられた五面とで、ちょうど八角形に当てはまるのだ。

 

Img_8421 それがどうしたと言われるとじつに困るのだが、限りなく緩やかな何らかの法則性がそこに存在しているかのような気になって来て、仕合せな気分になったのだった。もちろん、Y氏の側から、なぜ八角形にしたのか、という理由はあるのだ。それは、手で握るというときに、丸だと滑ってしまうが、八角形だと握りやすいということなのだ。何らかの引っ掛かりが必要なのだということだった。たぶん、手で触る感覚の問題であることは共通しているのだ。

 

Img_8394 すっかり話し込んでしまった。自転車のレンタル時間が迫って来たので、超スピードで坂道を飛ばす。すでに9月の風だ。風除けのヤッケを通して、寒さを感じさせる空気が染み込んでくる。道端の猿たちも、そろそろ冬仕度に入ろうかという早めの算段をしているようだった。

途中、「わっぱらんど」という、子供たちが水遊びをし、樹上の家を楽しむ場所を通ったが、当然のように閑散としていて、清冽な水だけが変わらずに流れていた。いよいよ、田舎の生活を切り上げて、都会の生活へ戻らなければならないのだ。

2017/09/02

仕事の打ち上げで、三蔵呑み歩き

Img_8302 今年も、夏の仕事の打ち上げを行う季節がやってきた。という口調からわかるように、目標からすれば、かなりの成果をあげたと言えるが、じつは一番済ませようと考えていたものが二つも残ってしまったのが残念な季節でもあったのだ。これらはじっくりと横浜へ帰ってから取り掛かることで、わたしの中では、一応の始末がついた。Img_8320 何といっても、意外なほど多くの20ほどの仕事を終えることができたことが大きい。このことを感謝して、それで満足しなければならないだろうし、これならば、打ち上げを行なっても良いだろうと思ったのだ。

 

Img_8242夏の仕事の打ち上げは、毎年恒例となった酒蔵の呑み歩きだ。信濃大町の街中に日本酒の香りが漂い、それに魅せられて特別JR列車が仕立てられて、都会から田舎から人びとが押し寄せるのだ。今年は冷夏で、昨年までの30度を超える中での呑み歩きとは少し異なる気分だ。宿から、シャトルバスが酒蔵近くまで出ていて、それに乗り込む。Img_8325 すると、いずれ劣らぬ常連の夫婦やカップルやら、さらには呑兵衛の若いグループがバスに乗り込んできた。さりげなく、そんなことはおくびにも出さないで集まって来てはいるが、じつはみんな、喉の奥には焼けるような欲望が渦巻いているに違いないのだ。

 

Img_8346買い物をする妻と別れて、まずは酒器が展示されている展示会場&レストランの「麻倉」へ行く。一番奥には、大町市在住のY氏の椅子も、2脚展示されている。いつものように、それに座ってみる。さらに木工の花瓶や彫刻画を一番多く出品しているH氏の作品を見学する。葉っぱをかたどった菓子皿を購入する。桜材の赤みを帯びた木理が生かされている。削りの手間がかかっている。

 

Img_8246 15時の三蔵「鏡開き」から始まる。最初の年、酒蔵「白馬錦」の大勢の中で立ち会った。昨年は甘口の酒蔵「大安北國」で歓声をあげた。そして、今年は辛口の酒蔵「金蘭黒部(市野屋商店)」でのカウントダウンに声を合わせたのだった。鏡開きの役割分担に興味があった。社長が進行役を務め、全体をリードするのは共通している。ここで、樽を割る槌をあげる面々が重要で、1人は華添えで、ミス大町。次がやはり杜氏の棟梁で、この後ずっと大吟醸の注ぎ手も勤めていた。自分の作品がどのように呑まれるのかは、ほんとうに気になるところだろう。

3番目はおそらく経営者の親族だろう。そして、最後に社員代表ではないかと推察した。この並び具合からすると、酒蔵の中での「杜氏」という職務の特殊性ということが際立っているように思えた。 

Img_8252 鏡開きの樽酒から利き酒は始める。杉の香りが辛口の味にしみていて、最初の1杯がまずはおいしいのだ。隣は、すぐに「金蘭黒部」の大吟醸の列だった。ふつう、呑み歩きスペシャルや、生原酒を試してから、最後に大吟醸というのが通例であるのだが、つい先ほどの「杜氏」の真剣な顔に魅せられて、まず大吟醸を頂いてしまったのだ。大吟醸がおいしいのは、当たり前なのだ、という言い方をするとたいへん失礼なのかもしれないが、おいしいのだ。香りもあるし、コクもあり、すっと入っていく。コメを削りに削って、一番の中心だけを使っていて、たいへん贅沢な作りの酒なのだ。Img_8240 こうなってくると、美味しければ良いのか、ということが出て来てしまうだろう。この大町には、長野県全体の搗精工場があって、そこで機械によって、コメを削るのだが、この機械化から生み出された味が大吟醸だということであれば、手作りの味はどこへいってしまったのだろうか。

 

Img_8250 ここでは、蔵でしか購入できない「どぶろく」をいつも購入することにしている。現地でしか呑むことができない、となると、この地域でこのような呑みのイベントを行う理由が出てくるだろう。ここでしか味わえないものが確かにあるのだ。

 

Img_8254 この蔵を出る頃は、まだまだ意識もあり、千鳥足というわけではない。次の蔵への道すがら、多くの呑兵衛たちが一緒に移動していくので、集団効果が働いて、みんな仕合わせ気分で歩く。いつもながら感心するのは、利き酒のテーブルの端には、必ず「やわらぎ水」が用意されていることだ。そして、毎回感ずるのは、水のおいしさがあって、酒がおいしくなるのだという常識的なことだ。Img_8268 ほぼ酒と同量、あるいは水の方が酒の量を凌駕するくらい、やわらぎの水にはお世話になっている。もちろん、食べ物として、お漬物が用意されているのだが、また今日は新鮮なトマトも食べ放題だったのだが、食べ物よりも、水が日本酒には合う、というのか、相性が良い、というのか、そのような気がするのだ。

 

Img_8275 次に、白馬錦と大安北國を続いて訪れる。大安北國では、集団効果が最大限発揮される。正面玄関を入ると、広い土間があって、もちろん広いといっても、これだけの人数が集まると狭く感ずるほどで、この中を利き酒のおちょこを持って、並ぶのだ。Img_8281 この並びつつ呑み、呑みつつ並ぶ中で、数種類の酒の比較をみんな言葉にしていくのだった。ここでは、この集合の効果が発揮されるのだろうか。いつもここの「無濾過生原酒」を購入することになる。Img_8278 甘口の特徴があるため、辛口から徐々に上がってくると、この生原酒のコクの深さにやられてしまうのだった。すでに、鏡開きの杉樽の中は空っぽで、それを惜しんで、さらに汲みあげるのだった。

 

Img_8261 この時点で、約1時間半ほどが経っており、その間呑み続けるのだから、すでに脚に来てもおかしくはない状態だと言えよう。けれども、道端に倒れている人は1人もいないし、気持ちの悪そうな、ドクターストップのかかりそうな方も見受けない。Img_8241 アルコール効果の最も良いところが集合に発揮されたという状況だった。今回は商工会議所の青年団が人力車を用意して、それに乗って回っている人々も見られたが、アルコール摂取で歩けなくなった方用ではないようだった。

 

Img_8263 地元の青年と話をする。すると、次から次へ、仲間たちがタッパを持って来て、持参の料理を提供してくださるのだった。すでに、地元のお祭りとして定着していることの証左であろう。Img_8266 帰りのシャトルバスに乗ったまでは良かったのだが、すでに三半規管にまでアルコールが回っていて、すべての乗客が過剰状態にあり、酔客のおしゃべりの量が夥しいのだった。バス中、わんわんとして、欲望の渦が騒ぎの渦に変わっていったのだった。Img_8287 きわめつけは、バスを降りるときに起こった。前を行く若いカップルの女性が、脚に来ていたらしく、道路に顔をつけるくらいにコケたのだった。ここまでくると、やはり中庸ということはあらまほしきことなりといえるのだった。

2017/08/22

O先生と松本カフェだ

Img_8061 天気が不安定で、大雨の予報が出ている、かと思えば、次の時間には、晴れ間が出ると言っている。こちらは31度の晴れだが、横浜からは雷雨の知らせが届く。などという日ごと時間ごとに変わる天候の今夏だ。そんな状態なので、今日一日の天気が気になって、朝5時には目が覚めてしまう。

 

Img_8062 O先生と、恒例の夏カフェの始まりだ。大糸線で松本へ出るが、なんとこちら松本では日傘を必要とする真夏日だった。O先生とは、朝10時にリッチモンドホテルで待ち合わせたのだが、もう少しゆったりしたいと連絡が入り、11時に変更する。浮いた時間で、駅から直接に、ブックカフェの「栞日」へ行き、近くにできた「Sioribi INN」へ入る。Img_8076 ここは、昨年、Crowd-fundingで栞日のご主人が資金を集め、長期滞在型の宿を開いたところだ。わたしもほんのわずかながら、このFundingに応募したのだ。床板の1枚くらいの貢献をした。実際どのようなINNになったのか、泊まってみようということになった。Img_8080 近頃はやりのゲストハウスとは、まったく異なる作りだ。何しろ、ほぼビル全体を一人の客に貸し出してしまうという鷹揚さなのだ。正確に言えば、1階にはキッチンが入っているので、2階から4階が自由に使える仕組みだ。

 

Img_8088 2階がダイニング、3階が仕事場、4階が寝室となっていて、それぞれ一人用にはかなり贅沢な空間を確保できるのだ。この文章も3階のスペースで書いている。Img_8094_2 4階の窓からは、美ヶ原高原がNHKの鉄塔越しにのぞまれるし、反対側には、北アルプスの峰々が連なっている。ビルの前が松本市の幹線道路「あがたの森通り」なので、ちょっと自動車の音がうるさいが、朝夕の涼しさで、それも帳消しだ。さっそく、近くの焙煎豆の店ローラのコーヒーを淹れる。

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Img_8096 荷物を置いて、次に中町通りある、いつもの工芸店「グレイン・ノート」へ向かう。奥様が風通しの良い奥の座席に腰掛けていて、涼やかな挨拶を返してくださった。今年の春から、椅子作家たちへのヒアリングをグレインノートのご主人S氏と奥様とわたしで共同企画している。Img_8098 ヒアリングした原稿を郵送して置いたので、その様子をお聞きし、残りの作家たちへのヒアリングの可能性を探った。というと、何か大袈裟な感じだが、雑談の中で、面白かったところをあげていただいているのだ。たとえば、椅子を作っていると、「頭いっちゃって」などという、製作者本能が率直に出てくるフレーズがたくさん出てくるのだ。

 

Img_8056 ホテルに着くと、ゆっくりとO先生が降りてきた。日頃のご無沙汰という感じはブログを見ているのであまりないのだが、それでもほんものの挨拶を交わすのはまた格別だ。そこまでは良かったのが、外へ出た途端に、直感的に今日の外歩きは無理だと、二人とも悟ったのだった。Img_8046 日差しがわたしたちをつねに日陰に追いやるほどだ。標高が500メートルほどあるので、それだけ太陽に近いというのが松本なのだ。それで、当初のカフェ巡りでは、いくつかのカフェを候補に挙げていたのだが、距離のあるものはほとんど諦め、近いところだけ回ることにした。

 

Img_8045 まずは、喫茶店「チーアン」でランチ。キッシュ・プレートで、野菜たっぷりの健康昼食を摂る。たいがい、健康問題から日常の会話は始まるものだ。わたしの体重を聞かれ、彼の予想が付されていた。見た目より体重が多いですね、ということになった。それで、さらに話していると、背は彼のほうが低いにもかかわらず、体重はわたしより6キロも多いことが判明した。Img_8052 彼は日頃ジムで鍛えていて、見た目より筋肉質であることを強調なさっていた。そうかもしれない。でも、昼食が済んで、その後さらにカステラを追加して注文なさっていたのだった。チーアン特製の美味なるカステラなので、仕方ないところではあるのだが。

 

Img_8054 現在の彼との共通点は、お互いヒアリングを抱えていることだ。上記のように、わたしは椅子作家のヒアリングをここ数年行っている。彼のブログを見ればすぐわかることだが、彼はゼミあるいはゼミ周辺の卒業生たちと会食・喫茶さらにはスイーツ三昧を行なっている。羨ましいからいうのではないが、アラサー・アラフォーの女性への連日のヒアリングをこなしている。Img_8068 ほんとうは、ヒアリングというと語弊があるのだが、でもこだわらずに大雑把に言えば、ヒアリングだと思う。親子の会話でもないし、友人同士の会話でもない。ライフコース論の専門家であるO先生がなんらかの意図のもとに、卒業生たちとの付き合いをしていることは確かだ。一番近い、公正な言い方をするならば、ヒアリングだ。

 

Img_8070 面白かったのは、ヒアリング相手のアラサー・アラフォーの方々にある種の系統が見られることだ。O先生は個人的な情報を漏らすことはしない方だが、ブログを見ている方々にはうすうす気づかれていることだ。まずは、有名W大卒業生なので、どうしても猛烈仕事人タイプは何人か見られる。この方々が就職し結婚するにしたがって、どうしてもその性格ができてしまうものらしい。じつにたくましい。Img_8118 次に見られるのが、表立っては、良妻賢母を表に表すタイプはいないのだけれども、潜在的な良妻賢母タイプはわずかだが見られる。けれども、現代では、良妻賢母が終わった後のことは、誰にもわからない。彼の卒業生にもまだアラフィフはいらっしゃらないのだ。Img_8117 それから、意外なことには、東京にとどまらず、地方へUターンして、地方公務員・地方優良企業勤めの方々がいて、極めて安定し、ゆったりと生活している方がたも多いということがわかる。この辺までは、常識的なのだが、話題になったのは、彼の卒業生には、いわゆる変わり種タイプがかなりの比率で存在するということだ。誰がとは言わないが、芸術家もいるし、海外留学派もいる。どうしても、彼女たちはブログの中でも目立ってしまうように、わたしには見える。O先生はニコニコして、そうですか、などとまだまだ断定を避けているのだった。

 

Img_8122 この後、またグレインノートへ戻って、いつもの田中一光さん制作の陶器を二人で「物色」する。彼は、彼の以前から持っている色調のうすいブルーのごはん茶碗を選択し、わたしはこれも以前から集めている、濃紺色の中皿を2枚求めた。Img_8123 そしてその後は、また結局のところ、またまた栞日に戻ってきて、書架の並んだスタジオ風の空間の中で、ゆったりと雑談に興じたのだった。このころには、大粒の雨が嵐のごとく降り出したのだった。

 

Img_8113 じつは先日盛岡出張の折に、喫茶店「Carta」で購入したCD「ワルツ」のピアノソロ奏者「ヘニング・シュミット」のCDがこの栞日にも並んでいて、しかも十月にはこの場所でやはりソロ演奏会が開かれるというのだった。Img_8114 このようなブックカフェを中心にして、今日本中で、かなりの口コミ系のCDが流行っているという現実に遭ったのだった。でも、仕事中に、この音楽を流していると、仕事本能が集中して出てくるような雰囲気になるから不思議なのだ。環境音楽の手作り版という感じなのだろう。

 

Img_8132 O先生とのカフェの付き合い時間の最長記録を更新したようだ。夕ご飯を彼の予約でフランス料理の「ルコトリ」で食べる。このころになると、雑談の内容も濃密になってきて、親密な関係やら、外に聞かれるとちょっとまずい関係などになってくるので、俄然食事も進むことになる。今晩は、わたしたちだけが独占してこの店の席をしめたようなので、ここでも気のおけない話題が続いたのだった。Img_8140 最後は古本ブックカフェの「想雲堂」で喫茶した。結局、O先生は連日同じ喫茶店を2、3回回ることになるのだ。それが今回の松本カフェであったようだ。Img_8145 日常性研究が彼の専門だとはいえ、このような繰り返しの中にバリエーションを発見する能力を発達させなければならないということだろうか。その意味では、彼との会話を通じてわかるのであるが、彼の日常性開拓能力には脱帽するところがあるのだ。Img_8155 Img_8144

2017/08/07

『貨幣・勤労・代理人 経済文明論』が出版された

9784865281811main_ 昨年の今ごろ、さあやるぞと、今回出版された本書の原稿に取り掛かったことを覚えている。すでに何年も考えてきていたことだったので、内容については、これ以上はもう良いな、などといういつもの楽観主義が、そのころにも出ていたのだった。だから、恒例のお酒の三蔵巡りを昨年行う頃には、もう原稿を渡そうと考えていたのだ。

 

Img_2707 その前から数えると、本書の担当である、左右社の編集者のT氏と、打ち合わせや初校・再校などで8回ほど会った。その度に、喫茶店を変えた。青山のラスチカス、蔦珈琲店、渋谷のセルリアンタワーの喫茶店「坐忘」、同じく渋谷のマメヒコ、東急文化村のロビーランジ、そして東京駅ステーションホテル・ギャラリーなどだ。Img_2545 喫茶店だけ見ても、注文の多い執筆者だったことがわかる。書籍の編集については、T氏にはいろいろとご面倒をおかけして、おそらく何度も徹夜に近いことがあったのだろうと想像されるし、喫茶店での応対も含めて、T氏のご苦労に改めて頭が下がる思いだ。

 

Img_2548 これらの喫茶店の中でも、複数回使ったところが1軒だけある、探してもなかなか見つからない喫茶店なのだが、表参道の「レ・ジェ」だ。店内は、会話するための静かな空気に満ちている。もっとも、昔からある喫茶店なので、喫煙者もオーケーなのだが。Img_2544 ここは左右社にも近いし、わたしも幕張から横浜への帰り道に、ちょっと遠回りすれば良いくらいのところで、都合よかったこともあって、3回ほどここで待ち合わせたことがあるのだ。

 

Img_2543 今回、刷り上がった献本10冊を持ってきてくださるというので、最後にここで待ち合わせることにした。ほどなく、T氏が現れ、グリーンの色調で表紙が整えられている本を手にすることができた。話題になったのは、特にお願いしていたイラストだ。じつはT氏の奥様に描いていただいた。本書の最初の方で、グリム童話をエピソードとして取り入れているのだが、その童話「ブレーメンの音楽隊」が盗賊たちを威嚇するところがあり、ロバ・犬・猫・鶏の4匹がリバイアサン(怪物)になるという場面を描いていただいたのだ。一斉に声を出すところなので、この動物たちの姿勢が重要なのだ。特に、ロバの上に乗った犬、犬の上に乗った猫の中間層でどのような姿勢を取るかが、リバイアサンの性格を決定するのだ。これが見事に描かれていて、声を出す姿勢がぴったりだった。1匹1匹別々に描いて、さらに統合したものだそうだ。本書の14ページ掲載なので、ぜひそのイラストだけでも見ていただきたいものだ。最初はブレーメン市の広場にある銅像の写真で済ませようと言っていたのだが、ごちゃごちゃして見栄えが悪い。イラストにしてよかったと思っている。

 

これで、めでたくT氏との喫茶店巡りも一段落つくことになる。終わりになってしまうのは残念だけれども、T氏はホッとしているに違いない。また、何かの機会に一緒に仕事ができたら良いなと思う次第だ。

2017/08/03

上諏訪での面接授業第1日目

Img_2594 宿の人に、放送大学の学習センターが入っている諏訪市文化センターへ最短でつく道を聞く。2年前にどのように行ったのかを忘れてしまったのだ。じつは、上諏訪の道は変なのだ。微妙に、道が直角ではなく、角度が70度だったり200度だったりして、距離感が方眼紙状でできている人には、上諏訪には住めないだろう。それは、たぶん高島城の城下町であったということと、それから諏訪大社つまりは諏訪湖に由来する道の出来方だったのだろうと想像させるのだ。

 

宿場街道の走りと、諏訪湖の走りが平行ではないために、それを結ぶ道が歪んでしまったのだと思われる。また、城下町では、敵が攻めてきた時に歪んでいた方が良いので、故意にこのような道にした可能性が十分にある。けれども、ここをまっすぐ行くと便利なのだが、どうして曲がってしまって、まっすぐに行けないのかな。近代的合理性が働いていない道の作りなのだ。

 

今回の面接授業では、4人グループで班を作って、端数が出ない12名で行うことができた。理想的な数だ。このようなグループ学習では、参加を重視したい。5人になってしまうと一人当たりの発言時間が少なくなる。3人だとあまり話す意味がなくなってしまう。やはり、4人というのがちょうど良いように思える。今回は、3グループ作り、課題が4つずつだったので、それぞれのグループの発表でも、全員が必ず1回は発表することができて、理想的な参加が可能になったのだ。12名は良いな。今後も、12名で申請しようかなと考えていたら、実際には14人で、欠席の2名がいたから、ちょうど12人になったのだった。12名というのは、狙って達成できる数字ではないのだ。

 

Img_2632 二日目になって、博士課程入学の相談に東京からわざわざ会いにきた方がいて、お昼を一緒に食べた。残念ながら、専門がかなり違うことがあって、博士課程では引き受けることができないことになったのだが、ご本人も上諏訪温泉を楽しんでおられた様子だったから、まったく無駄な出張ということではなかったと思われる。

 

Img_2634 また、千葉から面接授業に参加してきた方とは、二日目の面接授業が終了した後に、卒業研究のことで話し合うことができて、それなりに生産的な出張となったのだった。Img_2635 放送大学では、本部に近いところに住んでいたからと行って、幕張で先生方と会えるわけではない。むしろ、このように地方へ出張してきていた方が、互いに話しやすいということはあるだろう。これは、放送大学ならではの転地効果が働いているのだと、わたしは勝手に解釈しているのだ。

 

Img_2641 上諏訪では、いつもうなぎ屋さんで食事をすることにしていたのだが、今日は臨時休業だそうで、それではというので、以前諏訪に住んでいた伯母に連れて行っていただいたフランスの田舎料理を食べさせる店へ行くことにする。Img_2638Img_2639 どこが田舎料理かといえば、地方の名前がついた料理が次から次へと出てくるのだった。

2017/08/02

上諏訪へ面接授業の出張

Img_2568 昨日、新宿を特急あずさ号でたって、上諏訪駅へ着く。明日からの長野学習センターでの面接授業に備えて、前日に宿へ入る。昨年は、長野市で行ったので、上諏訪は2年ぶりだ。上諏訪駅前の長野学習センターが入る予定のビルは、まだ解体作業を行なっていて、すでに2年が経つが、工事はなかなか進まない。学習センターが入るまでには、さらに2年以上かかる予定だということである。駅前を通りかかる人びとは、みんな未だか未だかという顔をして通り過ぎていくかのように見えてしまう。

 

Img_2570 宿に荷物を落として、さっそく温泉と行きたいところだが、まだ陽が高い。そこで、宿場町をさかのぼって歩く。何故ならば、滞在中3日分のお酒をまず確保するためだ。この街道沿いには、酒蔵5軒が点々と並んでいて、試飲させてもらえる。けれども今日は残念なことに、大方の蔵は5時でお終いだということなのだ。それで、わたしのかなり遠い遠い親戚筋に当たるのだが、醸造元の「本金」へまっすぐ伺う。ここの「雨上がりの空と」という純米酒は、いつも買っているのだ。だが、今回はもう少し濃くのある「樋ノ口」を購入する。

 

Img_2569 奥様に話を伺っていたら、本金では「太一」という辛口を中心に品揃えを行なっていたのだが、若い世代に移って、バリエーションが豊富になってきているらしい。辛口中心の蔵でも、甘口(決して甘口とは表示しないところが面白いのだが)を置いておくと、かえって辛口との比較ができ、それなりに存在理由があるとのことなのだ。Img_2583 もちろん、甘口専門の有名な「真澄」でも、辛口を置くようになっていて、味というものの相対的な位置付けというものに気がついたのだった。これらを味わうことによって、その醸造所の味の系列がわかってくるのだ。

 

Img_2574 さらに、坂を登っていくと、父方の本家の菩提寺である「正願寺」に行き着く。Img_2575_2 ここは奥の細道で芭蕉に随行した「曽良」の墓があることで有名なのだが、祖母の墓があるので、いつも上諏訪に来たら、寄ることにしている。黄色のマリーゴールドが咲き誇って、本堂に迫っていた。

 

Img_2577 宿へ帰る途中、駅前に学習センターがあった時にランチで通った喫茶店「石の花」へ寄って見たが、やはり駅前工事の影響なのか、当分休業だそうだ。Img_2580 でも、この一角は奇跡的に残っていて、希望はつながったと行って良いだろう。店が再開されることを切に期待している。

 

 

2017/07/26

海の多様性について

Img_7935 雨が降ってきて、冷たい日だ。亘理町のイチゴ農家M氏から、冷夏でイチゴの苗が育たないし、畑のぬかるみに足が取られるという知らせが届いた。メールの件名も、「寒さの夏はおろおろ歩き」となっていた。

 

Img_7927 わたしも午前中仕事をしていたのだが、手足が冷えてままならないのだ。妻の提案で、横須賀美術館に行くことにする。このような日ならば、展覧会もレストランも空いているだろうということだ。Img_7948 決めてしまえば、1時間で着くのだ。観る方が主なのか、食べる方が主なのかは、問わないことにする。途中、ヤシの木が雨に濡れて綺麗だ。バスに乗って、馬堀海岸から走水漁港を抜けて、美術館へ到達する。

 

Img_2567 今回の企画展は、「美術にみる日本の海」ということで、横須賀に似合った展覧会だ。古賀春江の「海岸」がポスターになっていて、京急線の中でも目立つ。一番最初の部屋に、展示されていた。三人がいて、家族らしいのだが、近代的家族のすれ違いが描かれている。Img_8025 それが、海の色の違いとなっているのが、一つの工夫だ。近代家族の中心は、やはり奥様で、中央にデンとして欲望の塊としての存在感がある。もう一方の中心は、やはりご主人ではなく、子供なのだ。これを媒介するものとして、ようやくご主人が中腰で現れている。海に行くと、家族の現実が現れるという「海」だ。

 

Img_7954 須田国太郎の「海」は、構成が行き届いている。海は上辺にほんの少しのぞいているだけなのだが、手前の河と街の様子が克明に描かれていて、かえって「海」まで考えが及ばないくらいの密な画面を構成している。灰色の色調の中に、濃い重なりが続いていて、見るものの心を捉える。人間の営みがあって、海があるという「海」だ。

 

Img_7966 途中から、絵画の世界から海で使われるモノの世界が展開していく。大漁旗や漁師のはっぴなどが、真新しい実物として展示されている。この着想は面白いのだが、このような雄大な旗が美術館へ展示された途端に、現実感が遠のいてしまうのはなぜだろうか。Img_7962 色鮮やかさは、海の青には映えるけれども、美術館の白壁には合わないということだろうか。使われるモノには、使われている現場の「海」が似合うということだろうか。

 

Img_7971 見終わる頃には、昼をかなり回っていたので、レストランは空いていた。中央の席、レストランからガラス越しに、芝生そして「海」を見下ろすところに腰掛ける。Img_7972 ランチは、今月のスペシャルメニューで海鮮パスタだ。展覧会に合わせたメニューになっている。

 

 

Img_7988 相変わらず、空は曇りで、ここからみる船たちも、難儀だなと言いながら、浦賀水道を通過していくように見えてしまう。この海も、イチゴ農家のある亘理町に通じているのだな、と「海」の映し出す多様さと感覚の差を思いながら、三浦半島の海を後にしたのだった。Img_7997 Img_7992

2017/07/24

くずきりの贅沢

Img_2513 昨日、五条の「市川屋珈琲店」に座って、コーヒーを飲みつつ、京都で涼しさを味わうとしたら、どこが良いだろうと考えた。ふんぎりが悪いと思われるかもしれないが、もう少しの時間、京都滞在を延ばしてもよいと思い始めたのだった。Img_2511 五条から四条へ出る。六波羅蜜寺を通って、建仁寺へ入れば、苦もなく、暑さの中でも涼を取り入れた移動ができる。予約でいっぱいの喫茶店ヴィオロンの窓を恨めしそうに覗く。何といっても、この35度の最中の京都なのだ。水分摂取と休憩は必要だ。

 

Img_2514 日本史に登場していた場所が、次から次へと出てくる。けれども、静かな街歩きはここまでだ。栄西禅師の茶碑と茶の生垣をすぎて、建仁寺の正門をくぐり、花見小路へ出た途端、観光客が道全体を覆っている。Img_2515 警察官が出て、混雑をさばいているのが見える。街ごとに、人びとの様相が異なるのが京都だ。Img_2516

 

Img_2525 四条通りへ突き当たり、左を見ると、お目当の「鍵善良房」が見える。玄関の売り場を抜けて、一段上がったところに喫茶室が左右に分かれてあり、その奥に京都の懐の深さを表すような中庭があって、さらにその裏に茶室らしき家屋が続いている。Img_2523 この盆地特有の限りなく暑い京都を乗り切る一つの工夫が、これなのだ。つるりとしているがコシがあり、透き通った涼やかさをもたらす。これが、「くずきり」だ。

 

Img_2518 この切られた葛にどれほどの威力があるのだろうか。半透明の白い切れ端がひらひらと宙を舞う。そのまますぐに、口に運ぶわけではないところが凄いところで、器が二つに分かれて、その間をひらひら、ゆらゆらと、何と涼しげな浮遊が起こるのだろうか。

 

くずきりは、葛の入った氷の器から、蜜の入った甘味の器へ移っていくのだ。さらに、これを口へ持っていくころには、舌の先から喉の奥にまで、さらにゆったりとした甘さへの期待が満ちてくる。これら器と移動全体の世界観は、甘さの欲望によって統御されているのだ。もちろん、食べ物だから、料理人が甘さの世界を作り出す。けれども、箸を持ってからは、享受する側の世界だ。

 

Img_2521 なぜくずきりは贅沢なのかということが、ここにある。くずきりでの葛の役割は何かと改めて問うとじつはよくわからないところがある。葛には味がないのだから、甘味のみを味わうためならば、甘味の蜜そのものさえあれば、足りる。直接、蜜を飲めばよいのだ。なのに、なぜ葛を使うのか、ここで問題なのだ。贅沢を示す印なのである。涼やかさの源泉でもあるのだ。

 

甘味処のイメージからすると、まずお汁粉、ぜんざい、白玉だ。ここでは甘味の実体がいっしょくたに存在するのだ。これは夏向きではないのはないか。実体と分離された甘さの純粋さ、そして甘さと直接関係ないひらひらとしての、氷に浸けられた葛、この両者が口に含まれる、その瞬間に涼しさという虚構が作り出されるのだ。これは贅沢以外の何者ではない。冷たさと涼しさは、甘味の方になく、葛を媒体として伝えられるのだ。

 

「鍵善」では、涼やかさは甘さとともやってくる。これを期待するのは、京都の女性だけではない。男性もやってきているのを見たのだ。商店主らしい中年の男性がわたしの右奥に一人で座った。Img_2527 くずきりをするするとすすると、さっと帰って行ったのだ。このスピード感がくずきりには似合っているのだ。帰りの勘定を払い、入り口の両側にある黒田辰秋制作の箪笥を写真に納める。

 

Img_2530 さて、甘味の後はコーヒーだ。祇園から四条河原町へ出る。手前の高瀬川沿いにある喫茶店「ソワレ」は店内が暗く、静かな雰囲気が素敵で、このような人混みではオアシスのような存在だ。いつもはすぐに入れるのだが、やはり有名になると列ができる。時代が変わったのだ。前回と同様ここを諦めて、同じく高瀬川の少し上流にある立誠小学校跡のトラベル・カフェへ入る。ここで日記を書きながら、時間を十分に潰すことができた。

 

Img_2534 さらにおまけ。五条へ戻る道筋にあるガラス張りの古い喫茶店で、「冷やしあめ」の看板が出ていたのに誘われて、一杯いただく。生姜味が効いて、汗が引っ込み、さらに頭痛までも治ったのだった。Img_2540 この味は、関東にはない。駅に着いてから、いつものように、志津屋のカツサンド(夏なので、卵焼きサンドに一部変更されたもの)を購入して、心置きなく、新幹線に乗ったのだった。

2017/07/23

椅子のコレクションを観る

Img_2500 昨日、夜遅くまで議論が続くのかと思っていたら、思わぬ豪雨が吹き荒れたこともあって、ペールエールを飲んで、次回の予定を立ててあっさりとお開きとなった。博士後期課程のみなさん、かなり忙しいらしい。

 

Img_2458 宿は京都駅に近いことを重視して選んだのだが、かといいながらも駅の喧騒を避けて、じつは京都五条にとっていた。地下道の七条へ出て、東本願寺を越えれば、五条の街へ入っていく。まだまだ路地のあちこちに長屋が残っていて、京都駅からの徒歩圏であるにもかかわらず、住宅地としての顔を残している。Img_2454 朝の食事は、宿から五条大橋へ向かい、その袂に鴨川と並行して、高瀬川が流れ込んでいる、その脇にある静かな喫茶店「Kano」へ入る。Img_2456 窓から、水量豊かな高瀬川の清流が見えて、五条大橋の交通量の多さを打ち消している。街の中のオアシスという雰囲気だ。

 

Img_2466 今日の目当ては、五条にある、陶芸の河井寛次郎記念館に置かれた椅子コレクションだ。とくにここが、椅子のコレクションで有名だというわけではない。けれども、京都で椅子を集めて展示しているところを思い出していたら、俄然この館が浮かんで来たのだった。Img_2471 河井寛次郎の作風に似た「異形」の椅子があったな、ということだ。河井寛次郎が生活の中で、生活具を選んでいく過程が見えるような気がするのだ。

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黒田辰秋に依頼した椅子もあるかもしれない、とも無い物ねだりの期待したのだった。黒田の制作になるものとしては、有名な棗(なつめ)や、綺麗な帯留が展示されていた。

Img_2495

 

「異形」の椅子と呼んでしまうと、ちょっとおどろおどろしいのだが、1階においてあった、この椅子などは、背板に特徴があって、過剰に異形だと思われる。Img_2501 ゆったりと背中へ体重を預けるときには、座りやすい椅子だ。特別なことがない限り、このタイプの椅子が大量に作られることは考え難い。座る人の何かが、椅子の内部にまでずっと浸透している椅子だと思われる。

 

Img_2487 次に、普通の椅子に見えるが、座ってみると「異形」なことがわかるのが、この書斎椅子だ。まず、小さすぎる気がするのだが、がっしりとした丈夫そうな構造に、さらに鋲が打たれた過剰な姿をしている。河井寛次郎の座っている写真が残されているので見ると、この椅子はおそらく彼の身体にかなり適するように作られている。したがって、ちょっとお尻や腰回りの大きい(わたしがそうなのだが)人が座ると、肘木に引っかかるくらいなのだ。Img_2491 けれども、座板の曲線はよくフィットするし、一日中机と向かい合う椅子としては申し分ない。この椅子のもう一つの特徴は、ひっくり返すとわかるのだが、椅子の脚に木製のコロが取り付けられていて、事務椅子のように、座ったまま転がすことができるように工夫されている。もちろん、木製なので、ギャロギャロと軋んだ音を立てて、可愛いのだ。この椅子も、河井寛次郎の思いがかなり吹き込まれ、浸透した椅子といえる。

 

Img_2477 それから、あった、あった。ゴッホのスペイン椅子だ。椅子作家のYさんから教えられてから、あちこちで見るのだが、このオリジナルに近いものは意外に少ない。この脚のしなりはどうだろう。やはり、生木なので、時間が経つと、ホゾが緩んでくるのは仕方がない。ギシギシと座ってみて、この緩みの具合を感じるのは、楽しい。この椅子がたくさんあるのは、やはりスペインから当時仕入れていた店が京都にあったからに違いないだろう。Img_2480 現在では、その店で扱っているのは、このような手仕事のものではなく、機械で削ったもので、見劣りがするのだ。それにしても、塗装無しで外に置かれたこの椅子は、粗野そのもので素晴らしいのだ。

 

Img_2481 それから、見過ごされそうな椅子が、登り窯の前にあり、気になって、座ってみた。なるほど、という感じだ。ふつう、このような仕事場にある労働椅子は、前傾姿勢を基本としている。前へのめって、仕事に没頭するからだ。ところが、この椅子の背当てが、曲げ木で、ぐるっと後ろへかなり回っているのだ。だから、座ると、少し後傾姿勢となる。Img_2469 おそらく、登り窯を三日三晩焼いていて、薪をくべる合間に、休憩をとり、窯を眺める時には、ずっと後ろの高いところまで、眺めつつ、休むのだと思われる。したがって、後傾姿勢の椅子が必要とされたのだと思われるのだ。

 

Img_2505 これだけ集めれば、少し壊れかけた椅子もある。この椅子は座面が楕円で、位置が偏っている。それが三角形の貫に乗っている。異形ではあるのだが、座りやすいし、文句のないところだ。しかし、形に凝ると、思わぬところに皺寄せが出るのだ。貫のホゾがやはり抜けかかっていた。Img_2506 ちょうど三角形の頂点のところなので、力がかかってしまったのだと思われる。けれども、ゴッホの椅子と同様で、これも完全に壊れるまで、丁寧に使ってもらえば、多少の故障はかえって椅子の特色ともなるのだ。長く使ってもらいたい椅子だ。

 

Img_2512 この記念館は、手仕事の工房を兼ねていたので、当然冷房はない。したがって、今日のように家の中でも35度を超えるような時には、扇子やうちわが必需品だ。1階の広間に用意してあった。とはいえ、2時間ほど滞在すると、喉も渇いてくる。Img_2508 この横丁に入る角に、青磁の陶工が経営しているらしい、珍しい「市川屋珈琲店」があった。ちょうど、入口のカウンター席が空いたので、ここでコーヒーを1杯。帰宅の準備を行う。

2017/07/22

京都で博士課程ゼミナール

Img_2448_2 今年度の博士後期課程の学生たちは、なぜか関西にかたまっている。島根、大阪、名古屋なので、結局のところ、ゼミを開こうとすると、駅前に位置し、集まるのに都合の良い京都学習センターでということになる。今回は、学習センターが入っている「キャンパスプラザ京都」の中でも、和室というのがあって、そこに予約を入れておいた。Img_24448畳間でちょうど良い大きさなのだ、ここを一日借り切った。あとで調べてみたら、中庭があり、さらに茶室用のコンロが床下に埋め込まれているという、贅沢でかつゆとりある空間だった。

 

Img_2445祇園祭の最中の京都は、猛暑で、35度を超えている。この暑中で、和室でのゼミナールというのは、気分転換にもってこいだ。参加の学生たちも、仕事に追われながらも、家で論文をシコシコと構想していたのであるが、一日喋れば、また論文への情熱も湧いてくることだろう。

 

Img_2452 現在の段階は、来年の予備論文目指して、1年前のスタートというところだろうと想像する。これまで考えてきたことを、ここでもう一度ひっくり返して総点検すべき時期を迎えている。この目的に沿って、大きな筋道を互いにひっくり返して、議論を重ねあったのだった。この段階には、特有の不確実な楽しさがあって、油断できない。ちょっと気を抜くと、隙を突かれる恐れのある議論が続く、という注意の必要な段階なのだ。

 

Img_2450 外へ出ると、夏雲がもくもくと発達していた。京都出身のHさんは琵琶湖、福井方面は雨ですね、と言っていたのだが、みんなでクラフトビールを飲んでいる最中に、その雲が襲ってきて、突風と横殴りの大粒の雨が京都の街を吹抜けて行ったのだった。

2017/07/15

夏季合宿始まる

Img_4282 今夏の放送大学本部キャンパスには、いつもより学生が多いと感じる。期末試験が近いからなのか、それとも、夏休みの泊まり込みでの図書館通いの学生が多いからなのか、原因はわからないのだが、セミナーハウスはいっぱいで予約も難しいくらいだ。大きな荷物を持って、朝早くにセミナーハウスから図書館へ移動する学生も見たし、会社帰りに自転車で図書館に駆けつける学生も多く見たのだ。いつもは、テレビ・ラジオでしか接しない学生が、この時期だけ、キャンパスにどっと現れて、顔を見せてくれるのはこちらにとっては楽しい。

 

会場についても予約が立て込んでいて、セミナーハウスの研修室をいつもは使うのだが、今回は早々と数ヶ月前に同好会に先を越されてしまったのだ。それで、次善の策として、本部の最上階にあるラウンジを使うことにする。千葉の港から東京湾方面をのぞむ、眺めの良い部屋での合宿となった。

 

今回目立ったのは、当初の問題意識が薄れてきているのではないか、という点だった。M2の方々は、そろそろ1年半に渡って、同じテーマを追究してきているのだが、一通りの作業が済んで、安心してしまったのか、何となく平均的に鋭さが抜けてしまっている。一つの理由は、「時間」だ。時間が迫ってきてしまうと、これまでせっかく努力してきたことを捨ててしまって、小さくまとまろうとしてしまうのだ。もう一つの理由は、「存在拘束性」とでもいうものかもしれない。どうしても、自分の身の回りや仕事との関係を過剰に意識してしまって、発想が育たないことがあるのだと思われる。

 

職業意識が言葉に現れるのは、仕方ないとしても、思考方法にまで及んでしまうと、それはどうかと思ってしまう。表面的なことならば、それは指摘できるのだ。たとえば役所務めの人でよく出てくるのは、質問されて、つい「お答えします」というのは、むしろ「存在拘束性」のご愛嬌だと思う。けれども、思考内容にまで影響のあるような質問のときに、答えることが難しいことがあり、そのときにどのような受けごたえができるのかが、ゼミでは問われるのだと思われる。率直に言えば、存在拘束されていることを自覚している人と、そうでない人との差が受けごたえに出てしまうのだ。結局のところ、ここの表現の違いを会得することが、社会人大学としての放送大学の醍醐味だと思うのだ。

 

いつものように、懇親会は近くの中国料理の「ホイトウ」にて行った。今年も、一般客と一緒だったので、挨拶などは幹事の配慮で、一番最後に回し、貸切状態になってから、盛り上がった。わたしの挨拶は、すでにゼミで3回も行っているので、一般的なことは述べなかった。ここではとくに、林先生が4月の終わりに亡くなったことを取り上げさせていただいた。生前のゼミでは、「おもろいこと」が重要だ、と論文の目指す指標を掲げていらっしゃっていたことを思い出して、それを挨拶の中で復活させたのだった。もちろん、「おもろいこと」は読んでおもろいことも重要なのだが、今回強調したのは、書く本人が「おもろい」と思って書かないと、意味がない、という論調となった。うまく伝わっていれば良いと思うのだが。

 

 

じつは挨拶に紛れ込ませて、今度出版されるわたしの放送大学叢書『貨幣・勤労・代理人』の宣伝もおこなってしまったのだ。酒の席だったので、みんなに良く聞こえなかったということで、幹事が気を利かせて、後でも強調させてもらった。良く気のつく幹事を持てて、仕合わせだったのだ。

2017/06/26

映画「人生フルーツ」を観る

Img_2285 三日目は、受講生から集めたレポートの整理と、グループ学習でのデータ整理で半日かかってしまった。ホテルのチェックアウトが遅かったので、かなり仕事が捗った。あとは、どこかの喫茶店へ入れば、なんとか今日中に面接授業からは離れることができそうだ。

 

Img_2267 手紙といえば、近くに「盛岡てがみ館」という公共施設があって、ちょうど彫刻家の「舟越保武のてがみ」展が開催されていた。代表作の創作に関わるF氏への手紙が数多く展示されていた。中でも印象的だったのは、啄木の頭部の彫刻についての手紙だ。内側から燃え上がるような、像を表したいという趣旨の手紙だった。Img_2269 保武の彫刻は、表情は極めて優しいのだが、うちに秘めた情熱のようなものがあって、これがぐっと迫ってくるところがある。てがみ館を出て、少し歩いていたら、保武の弟に当たる「直木」氏の展覧会がギャラリーで催されていた。Img_2270 また、帰りに駅近くの道路ガード下に、保武の代表作の一つである「青年」像があって、偶然にも仰ぎ見ることになった。端正な滑らかな身体を描いているにもかかわらず、逆にミケランジェロのダビデ像のような、生の迫力が同時に迫って来るのだった。

 

Img_2288 ちょっと喉が渇いたので、岩手銀行中ノ橋店の赤煉瓦の建物を見学して、紺屋町へ足を伸ばした。江戸時代から続く茣蓙屋や、南部鉄器の店などが続き、番屋跡や白い蔵などがさらに奥へ誘う。Img_2282 並びに、喫茶店「クラムボン」がある。宮沢賢治由来のネーミングだ。街の珈琲専門店という雰囲気で、女性たちのたまり場のようだった。所狭しとばかりに、コーヒー豆が置かれていた。最近焙煎したばかりのパナマを豆のままで購入した。Img_2278 Img_2276 Img_2273_2 Img_2275

 

Img_2268 新幹線の切符をパック旅行で取っていたので、新幹線の時間まで少し余裕があった。そこで「出張先で映画」ということになった。宿が盛岡市の中心部にある「映画館通り」からちょっと入ったところにあって、盛岡ピカデリーや盛岡中央劇場、そして盛岡フォーラムなどが軒を連ねている。ここの盛岡フォーラムが幾通りか向こうの通りに別館を作っていて、そちらがシネコン的な映画館を構成していた。Img_2298 ここで、今年のお正月に忙しくて見逃していた映画「人生フルーツ」が上映されていた。これ幸いと入った。意外に客は多かった。90歳の建築家津端修一氏と妻の英子さんとの生活を描いたドキュメンタリーの再編集版だ。もともとは、東海テレビの番組だったそうだ。愛知県の春日井市の高蔵寺ニュータウンで、里山を復活させるような、住宅を作って実際に住んだ記録である。魅力的な詩が、番組を進めて、区切っていく。

 

「風が吹けば、枯葉が落ちる。

枯葉が落ちれば、土が肥える。

土が肥えれば、果実が実る。

コツコツ、ゆっくり」

 

Img_2331 そして、建築家たちの言葉が小さなテーマとして、映像にかぶさっていく。まず、ル・コルビジエ「家は暮らしの宝石箱でなければならない」ということで、ニュータウンの分譲地を購入して、家を建てるところから始まり、その後の住宅の様子が映されていく。そして次のテーマとして、アントニオ・ガウディ「すべての答えは、偉大な自然の中にある」という言葉で、里山を復活させようとする夫婦の営みとその恵みが描かれる。さらにフランク・ロイド・ライト「ながく生きるほどに、人生はより美しくなる」という人生最後の時がたんたんと描写されるのだ。Img_2325 じつを言えば、これら三人の椅子をちょうど、今回の盛岡スクーリングの中でも取り上げていたのだった。また、受講生の中でも、これらの椅子が人生の中で印象を残してきた椅子にあげていた人もいたほどだ。ほんとうに、偶然の一致ということがあるのだ。Img_2302 Img_2280 Img_2279

 

2017/06/25

盛岡でスクーリング第2日目

Img_2314_2 二日目も順調に講義は進んだ。理論部分では、少し論理が錯綜して難しく聞こえるかな、と思っていたのだが、かえって少し難しいくらいの方が、眠気覚ましにはちょうど良いらしくて、こちらの言葉に少なからず反応してくださった。少し喋り足りなく、また、学生の方の感想も最後は時間切れで、ちょっと時間不足だったと反省している。けれども、二日間分の感想も記してもらったから、それに替えよう。ほんとうに名残惜しかったけれども、これで終了ということにした。一部の学生の方に釣られて、最後は恒例の拍手で大団円となったのだ。

 

Img_2243_2 ようやく梅雨の雨が盛岡にも押し寄せて来たのだが、講義が終わる頃には、また晴れて来た。講義の熱を覚まそうと、本町通りを歩いて、中津川の上ノ橋までいく。県公会堂裏の静かな喫茶店「carta」を探す。Img_2245_2 このcartaとは、手紙の意味らしい。店のカウンターには、手紙ではなく、文庫本がたくさん置いてあったので、村上春樹の雑文集など、手当たり次第に読んで、講義で喋った言葉が頭から離れて行くのを助けた。Img_2247 頭から入って口をついて出た言葉は、わたしの言葉に相違ないのだが、言葉が受講生の耳に入った途端に、わたしの言葉ではなくなり、受講生の言葉になるのがわかる。だから、どんどん喋って、わたしから離れさせて、受講生の耳の奥へ蓄積されてしまうのをしっかりと確かめて来たつもりだ。「carta」では、静かなピアノソロの反復のミュージックが流れていて、熱が静かに静かに冷やされていったのだ。この音源は、店で弾かれたもので、CDにはなっていないそうだ。それで、この音と似たようなCDを推薦したもらって、ワルツの静かな曲の入ったものを購入した。

 

Img_2253 県公会堂は、正面玄関と裏玄関とさらに横玄関を持つ、多面的な利用のできる複合施設のようで、このように重厚なタイルにアール・デコ調の装飾が施されていて、夜の闇に映える。cartaのプロモートするコンサートも、この施設を借りて行うそうだ。

 

Img_2260 県公会堂の正面から、内丸と呼ばれる、かつては盛岡城の枢要な場所だったところに、新宿のゴールデン街のように、小さな飲食店が所狭しと寄り添っている一角がある。ここの真ん中辺にある店「白龍(パイロン)」本店にて、盛岡三大麺のひとつの「じゃじゃ麺」を夕飯とする。深皿にうどんのような柔らか麺と野菜が乗って、そこに肉味噌が添えられてくる。カウンター席の庶民的な店だ。「中」を頼んだけれども、大方の客は「小」を頼んでいた。Img_2297 つまり、ボリュームがあるということだ。味噌を完全に麺と混ぜ合わせ食べる。ところが、周りの常連客たちを見ていると、そのあと「ちいたん」と呼ばれるスープを頼むのだ。生卵がテーブルにあって、自分でそれをかき混ぜて、カウンターへ戻しちいたんにしてもらう。卵スープということだが、これを最後にいただくと、なんとなくお腹がすっとしてくるのだ。旅の客だとわかったらしく、お母さんらしい女性の従業員の方が、ちいたんをアレンジしてくださった。これ全部で六百円。

 

2017/06/24

盛岡でスクーリング第1日目

Img_2171 盛岡の繁華街に宿を取ったのだが、小さい静かなホテルに当たった。到着サービスで、安比高原のアイスクリームがついていて、部屋に入って、甘みをとったら、気分が落ち着いた。今日の午後、K大学で貨幣の話をしてから来たので、今回の木の話へと頭の中を転換させなければならなかったのだ。Img_2177 ここ盛岡では梅雨の時期にも関わらず、二日間雨に降られることなく、繁華街から20分ほど歩いて、岩手大学正門に入った。小川風の人工溝がずっと通った、ゆったりしたメインストリートを少し歩いたところに位置する附属図書館の3、4階に、岩手学習センターがある。

 

Img_2179 今回のテーマも、木製椅子の経済学なのだ。じつは岩手学習センター所長のH先生は、林業学がご専門だ。そこで、不躾ながら「樹木」に関連して質問をし、答えていただいた。たとえば、家具には広葉樹が使われるのだが、植林などで植えられるのは針葉樹が多いのは何故なのか、とか。Img_2178 岩手では、面積が広く、林がたくさんあるにもかかわらず、家具製造所が少ないのはなぜか、などだ。関連して、広葉樹につく害虫の話や、国有林の話など幅広くお答えいただき、たいへん興味深かった。

 

Img_2190 この面接授業のシリーズでは、授業の始まりに、受講者の方々が椅子についての体験を、自己紹介に併せて喋ることになっている。今回も、それぞれの半生に渡る興味深い椅子の話をたくさん聞くことができた。どこで椅子に座るのか、というのは体験の中では極めて重要で、家庭内での椅子体験を述べるかたが多かった。でも、男性ではやはり職場での体験が目立った。Img_2180 職場の椅子には出世とパラレルな等級がある。また、家庭で座るような椅子は、それなりに歴史や部屋との調和が重要な意味を持つ。中でも、「父親が作ってくれた椅子」の話は印象的だった。兄弟で使い回しをして、いわば椅子が家族関係を結んでいると言える話だ。

 

Img_2183 それから、「自分の椅子」に出会いたい、という欲望には強いものがあることを知った。受講生の中には、これから購入を考えている方もいらっしゃって、授業では名作といえる近代椅子の典型を数多く紹介するので、いわばお見合いのような契機を提供しているかの錯覚にとらわれたのだった。Img_2188 講義の後には、きっと良い椅子の「パートナー」を見つけてもらえるかもしれないと思ったのだった。パートナーという目で、椅子を見ると、以前は好みでなかった椅子が、いつ間に、自分の椅子になっているという現象を報告した受講生もいらっしゃって、こうなると、本当に「マイチェア」ということがありうると思えてくるのだった。Img_2196 身体と椅子の関係についても、話は尽きなかった。自宅の椅子の写真集を持って来てくださった方もいたのだった。

 

一日目の夕方には、Aさんが会長を務める岩手学習センターの「学友会」がわたしとの懇親会を開いてくださることになった。Img_2191 学習センターから歩いて、駅近くの居酒屋へ行くことになり、雑談をしながら移動した。途中、北上川に隣接した材木町というところで、街の両側いっぱいに、土曜日の「与市」が立っていたので寄って行くことにする。宮澤賢治が「注文の多い料理店」を出版した光原社のある街である。宮澤賢治の銅像があり、さらにセロ弾きのゴーシュをイメージさせるチェロの銅像も置かれている。Img_2195 りんごとぶどうを混合したワインが売られていたので、これから飲みに行くのにもかかわらず、つい購入してしまったのだった。骨董屋さんの店先で、一緒に歩いていた学生の方が、17世紀頃のウィンザーチェアの骨董を見つけ、しばし観察会となったのだった。

 

Img_2192 光原社には、後からもう一度訪れた。わたしが松本の「ちきりや」で購入を続けている、出雲の白磁作家石飛氏の作品が数多く展示されており、これらをじっくりとみる。Img_2189 もう一人、白磁作家の五十嵐氏の作品も展示されていて、こちらのポットも持っているので、僭越ながら興味深く双方の作家を比べてしまった。経済学を学ぶ者としてはこの二人の値段がほぼ2倍の開きがあり、この違いについて、想像力を羽ばたかせたのだった。

 

Img_2194 別棟では宮沢賢治の手紙や原稿が展示されていた。長岡輝子さんの朗読する賢治作品のCDをしばし聞いた。二階の展示では、最近出回っているのをよく見るようになった、アジアのウォールナット製コーヒーメジャーを購入する。その横で、授業でも詳しく取り上げた、ハンス・J・ウェグナーの椅子、Yチェアやエルボーチェアなどが展示販売されていた。わたしはデンマークデザインの広まりという、一般的な考え方から捉えていたのであるが、こうして見ると、なるほどこれも民芸的な要素をかなり持っているなと改めて認識したのだった。Img_2193_2 昨年秋に出たばっかりの、柚木沙弥郎氏が絵を描いている絵本「雨ニモマケズ」も買ったのだ。小学校時代に祖父の家が破産して、父が遠くへ赴任していた時代に、母が父の所蔵本からこの詩を見つけて来て、家族三人で復唱した記憶が蘇って来たのだ。

 

Img_2182_2 懇親会で、学友会の方々は、わたしの書いたこれまでのテキストを持って来て、見せてくださった。よく勉強した跡が濃厚にわかるテキストが多かった。付箋の数が夥しいもの、赤い下線の目立つもの、マーカーが横にまではみ出して来ているもの、各章ごとに目次を付箋として付けられているもの。感激した。Img_2184 何かメッセージを書いて欲しいと言われて、それぞれ二つの異なる傾向の言葉を記したのだった。ひとつはわかりやすく「つねに好奇心を!」というもの、もうひとつはわかりにくいが、意味深の「怠惰なる好奇心」というヴェブレンの言葉。Img_2173 これだけわたしの書いたものを読んでくださる方々へは、月並みの言葉は書けなかったのだ。懇親会では、最初はワインを飲んでいたのだが、ホテルに当地ワインのエーデルワインを残して来たことを思い出して、途中から学生の方からオススメの地酒辛口の「あさ開」に変える。Img_2198

 

学友会の方々とは、そのまま駅前で別れた。Img_2200 宿の近くの中津川沿いにある、蔦の絡まる、というよりも、蔦で家ができているような喫茶店「ふかくさ」へ行く。Img_2201 老年のピアノ弾きが喋りながら、片手間に曲を弾くのだが、年季が入っている分余裕のある曲想を奏でていた。酔いを覚まして、コーヒーとケーキをいただきながら、一日を振り返った。Img_2207 ついには、雑感を記して来た、ノートの余白がなくなってしまったのだった。Img_2205

2017/06/17

郡山でスクーリング

Img_2121 人口20万から30万人都市というのは、たまに帰ると昔のものがそのまま残っているところがある。戻ることが予想されている都市規模だ。これよりも大きくなってしまうと再開発が盛んになって、昔が破壊され、これよりも小さいと、衰退の波に勝てなくなる。郡山市にスクーリングのための出張できている。ここがちょうど人口30万人なのだそうだ。

 

Img_2123 東京から東北新幹線に乗ると、仙台や山形くらいの遠出する気分になる。列車に乗り込んで那須高原を過ぎ、関東を超えて出て行くとそのあと、ずいぶんと距離があるように思い込んでいた。頭の中に具体的な距離感がなかったのだった。東日本大震災のときに、同じ阿武隈川流域にある亘理町へ行ったが、これは太平洋側であった。郡山市は、それからぐるっと、川が回って内陸部へ入っているところにあるのだ。残していた北欧ミステリーを読んでいたら、なんと東京を出発して1時間18分で郡山へ着いてしまった。

 

Img_2124 駅前広場が広くとってあり、ここのバス停から郡山女子大のバス停まで、10分ちょっとでつく。福島学習センターは、郡山女子大が生涯学習のために建てた建物「もみじ館」に入っている。そして、隣には会議・集会所施設の「つつじ館」があって、こちらはゼミなどに利用されている。レンガ壁作りの洋館が洒落ていて、静かな学習センターだ。駅から少し距離があるが、市役所のそばであり、女子大の図書館も近くにある。交通の不便さはあるのだが、勉強するには恵まれた環境だといえる。

 

Img_2127_2 学習センター所長M先生は教育行政の専門の方で、隣接する公園と神社を案内してくださった。日本史の中の明治期開発の典型例として有名な、猪苗代湖から灌漑用水を引いた「安積疎水」の中心地が、この学習センターの位置している公園で、その昔は沼地だったそうだ。現在は、開拓地記念のモニュメントが建っていて、そこが五十鈴池となっている。昼休みに、気分転換するには最適な散歩コースだった。講義も順調に進んで、質問もたくさん出て、ヒアリングを行っているような楽しい面接授業だった。また偶然にも、学習センターでもいくつもの貴重な情報を様々に仕入れることができて、成果満載の出張だったのだ。

 

Img_2134 駅のそばに宿をとっていたので、郡山の幹線道路の「さくら通り」をずっと歩いて帰ることにする。4月ならば、お花見を同時にできたのかもしれない。市役所をちょっと過ぎたところに、「薄皮饅頭」製造で有名な柏屋が経営しているスイーツの店「Branco」がある。Img_2137 7時間立って講義した後の栄養補給のために、「白桃のショートケーキ」を取り、コーヒーを飲む。夕暮れの中を家へ帰る自動車の波を見ながら、講義で熱くなった頭の中を冷やしてから、ようやく席をたった。

 

Img_2144 20万から30万都市の目安のひとつは、専門書店があるか否か、老舗百貨店があるか否か、そして映画館があるか否か、という点であり、ここには全てあり、そして「郡山テアトル」という複数のスクリーンを二つのビルにもつ名画座風の映画館があるのだ。Img_2159 Img_2157 「出張先で映画を」という習慣は抜きがたい。成島出監督の映画「ちょっと今から仕事やめてくる」を観る。会社上司のパワハラにあう主人公の一人「青山」が、もう一人の主人公「ヤマモト」に支えられて、パワハラから脱する物語だ。来週は盛岡出張なのだが、今から宮澤賢治が頭に浮かんできた。「セロ弾きのゴーシュ」で、楽長に怒られて、町はずれの川ばたにあるこわれた水車小屋に、重く黒い大きなものを背負って帰っていくゴーシュの気分を思い出したのだった。

 

Img_2146 さて、問題は、映画館での夕食だ。福島学習センターからの帰り道、偶然見つけたバーガー屋さん「SONORA」が美味しかったのだ。安積疏水が通ってきている原野が、最後には阿武隈川河岸段丘で低地へおりて行き、郡山駅へと通じるところに、清水台という場所があって、急な坂道が斜めにゆるくカーブして、国道の幹線道路へ続いている。Img_2156 その両側が、なんとなく渋谷の道玄坂みたいな雰囲気を持っていて、椅子を巧みに展示している花屋さんや古道具屋さんが並んでおり、その連なりの中に「SONORA」がある。白かべの内装と、無垢の木で専用に作られた椅子とテーブルが素敵だ。テイクアウトで、米沢牛バーガーを購入して、何か良いものを発見したような楽しい気分になって、この坂道を下ったのだ。Img_2152 Img_2150

2017/05/28

絵本『きょうはパーティのひ』が出た

Img_7727 先日、「パン日和あをや」のツイッターを見ていたら、絵本『きょうはパーティのひ』が載せられていた。ついに出たのだ。前々著『きょうはマラカスのひ』にすっかり魅せられてしまって、気分が落ち込んだ時などには、丑三つ時を過ぎた頃にそっと開けると違う世界が見えてくるという絵本だった。Img_2371 子どもに帰った気分でいうならば、主人公がマラカスの踊りに失敗して、部屋で泣き崩れるのがたまらなく愛おしいのだ。2冊目が出たあと、二年ほど経つのだが、なかなか第3作目が出なかった。「パン日和あをや」の奥様とご主人といつ出るんでしょうね、と言っていたのだ。

 

Img_7436 絵本を知る前には、松本市の雑貨屋さんの壁に、この作者の銅版画がかかっていて見ていた。いくつものデコボコが並んでいる世界があって、デコに住む人もいるし、ボコに住む人もいて、それぞれフラフープなどの運動をしている、という不思議な銅版画だった。そのうち、地から足が離れ、ふわふわと空中に浮いた仲間たちが、列を作って、一緒に走っている絵が出てきて、この先頭を切っていたのが、これら3冊の絵本の主人公「クネクネ」さんだった。

 

Img_7438 このクネクネさんの正体は、ちょっとわからないところがあって、まず男なのか女なのかということすら、明らかにされていないのだ。そして、今回の『きょうはパーティのひ』で、ようやくにしてクネクネさんの職業がわかったのだった。それで、先日松本に行ったついでに、少し距離はあるのだが、わたしの祖母がでた女学校の北にあるクネクネさんの店を訪ねたのだった。Img_7440 写真を見ていただければ、クネクネさんがお得意のフラフープを繰っている看板がわかると思う。ところが、この日は水曜日で、松本市では多くの店がこの曜日を定休日にしていて、クネクネさんの店もお休みだった。

 

Img_7833 それで、日を改めて、今回のクラフトフェアの暇な時間を見つけて、再びクネクネさんの店を、開店時間の11時に訪れたのだった。じつはクネクネさんの仕事はパン屋さんだったのだ。そして、なんと店の前には二人の方がすでに並んでいて、開店を待っていた。Img_7834 この看板を乗せている何気ない子ども椅子も、デンマークの椅子作家モーゲンセンを模ったもので、なかなかの椅子だと思われた。

 

Img_7837 じつは絵本を書いたHさんは、埼玉県に在住していて、妹さんがこのパン屋さんを開いている。だから、自然に考えれば、クネクネさんのモデルはこの妹さんではないかと思われるのだった。

 

Img_7839 店には、パンのための棚はなく、普通のパン屋さんのイメージでいくとちょっと違うかもしれない。パンの種類は、フランスパンや食パンが主体で、菓子パンのようなものはない。昔を思い出すのは、小学校の給食の時間に当番となって、コッペパンを給食室から運んできていたが、このパンの箱を思い浮かべればこの並んでいる箱に近いのかもしれない。Img_7838 おそらく、一人で焼いて持ってきて、売っているのだと推測されるが、売り切りですぐにおしまい、という雰囲気のお店である。絵本の中のクネクネさんのお店そのものであった。そして、飾り棚の隣に、3冊目の『きょうはパーティのひ』が掲げられていた。

 

Img_7840 わたしの前に並んでいた親子連れと、待っている間に話をした。やはり、クラフトフェアに遠くから来て、さらに松本の美味しいパン屋さんを探して、寄ったのだそうだ。けれども、絵本のことは知らなかったようだ。パンだけの趣味で、この店に到達する客も多いことを知った。Img_7926 意外のなことに彼女たちの目指したのは、まずクッキーだった。これだ。あっという間に、ほとんど全部買い占められてしまった。確かに、甘さを抑えていて、さらに歯ごたえがあって、昔風を維持しているのだが、全体としてバランスの効いたクッキーだと思う。

 

Img_7853 クネクネのパン屋さんに、絵本作家のお姉さんのことをちょっと質問してみた。パン屋の作る過程は、今後絵本になるのですかと。メアリーポピンズのレシピがベストセラーになったように、クネクネのパン屋さんはそれだけで、絵本になるのを見てみたいと思う。妹さんは、嬉しそうな顔をなさって、このところはあまり松本へ帰ってきてないんですよ、とお答えになった。

 

Img_7858 店を出て、女学校を通り過ぎて、お城の公園へ入り、少し早かったけれど、このパンで昼食をとったのだ。フォカッチャという、「外はパリパリ、内はもちもち」タイプのパンを頬張った。バラの香りがパンの味覚とマッチしていた。

2017/05/27

クラフトフェア松本でヒアリング調査を行う

Img_7798 526日、27日にかけて、松本市のクラフトフェアへ行く。今回のクラフトフェア松本はこれまでになく、混雑が激しかったような気がする。もちろん、出品応募する作家も増え、わたしを含めリピートする観客も増えていると思われるので、展示される作品の質は確実に高まっているし、見るだけでも楽しいという要素があることは確かだ。

 

Img_7898 だから、このあがたの森公園で行われるクラフトフェアの本体は今後も色々な意味で発展を続けることは間違い無いだろうし、今後もフェアというものの持つ周辺の消費者を惹きつける、フェスティバルとしての魅力は薄れないだろう。けれども、そうは言っても、何となくフェアそれ自体には熱気と同時に、ある種の冷たさも感ずるのだ。人があまりに集まりすぎるということに問題があることは間違いない。

 

Img_7900 経済学では、「集積効果」は素晴らしいということになっているのだが、これには二つの説が存在する。ひとつは「比較優位説」であって、フェアに他の地域に比較して、特別な優位が存在するから、行われるのだ、という意見と、もうひとつは伝統的「保護説」であって、フェアの地域に固有で昔から存在するものは保護していこう、という考え方だ。Img_7896 いずれにしても、長期的には「地域優位性」というものは他地域との接触が多ければ多いほど、薄れていく傾向にあることを前提としており、これからも優位性を保とうと考える点に特徴があるのだ。だから、人があまりに集まりすぎることは、この優位性を失ってしまう恐れがあるのだ。

 

Img_7778 人があまりに集まりすぎる問題に対して、クラフトフェア松本は、フェア・フリンジ(公式以外のフェスティバルの催し)という考え方を提示している点が注目される。具体的にみると、フェアは二日間しか行われないのだが、この周辺部では、5月中の長い期間にわたって、「工芸の五月」というフェア周辺部の催しが継続して行われている。こちらの方も、より余裕があって楽しめたのだった。Img_7781 中でも、昔の庄屋だった池上邸の蔵で行われていた、大曽根俊輔の乾漆による動物たちはリアルだった。蔵の前の小川には、写真のようなカバが浮かんでいたし、クジラも蔵に浮かんでいた。

 

Img_7760 先日紹介したように、今回のヒアリング相手の方々も、この「工芸の五月」催しの中での「はぐくむ工芸−子ども椅子展」に参加していた人が多い。また、前回「工芸の五月」のスタッフの方々へのヒアリングも行うことができて、親しみがぐっと増したのだった。フェアでは、いつも言っているように、観客と直角に交差して、歩くべしということにまさにフェア・フリンジは適合している。

 

Img_7763 それで、四人の椅子作家の方々のヒアリングを行ったのだったのだが、フェアの中だったので、なかなか集中して時間が取れなかった。結局は二日目の午後の最後の時間に集中することになってしまったのだ。それまでの二日間は余裕がありすぎたので、テントを回って、色々な方々と雑談をさせていただいた。中でも、女流の(というと、何となくイメージが湧くと思ったのだが)木工家で、Kさんのお話が面白かった。

 

Img_7804 テントを回っていて、Kさんのところに来たところ、ちらっと見て、中に並んでいる小物やテーブルの中で、一つの椅子に目が止まった。その一脚の座面が変わっていて、不思議な曲線を描いているのだ。このような曲線のことを木工家の方々は「R(アール)」と呼んでいる。わたしもようやく最近になって、日常用語の中で、この「R」という言葉を素直に使えるようになって来たところなのだ。この椅子の場合、写真を撮って来なかったので、言葉で説明することになるのだが、座面の「前が少し落としてある」ようなRの特徴を持っている。座面の先が直角に削ってあるのではなく、前が丸くかつ前のめりに座れるようになっているのだ。だから、座ると、ほんの少し前傾となる特徴を持った椅子なのだ。

 

Img_7922 さらに、椅子を横から見ると、座面がこちらからも緩やかなRを描いていて、お尻にフィットするように造られている。この横から全面にかけての曲面の素晴らしさが目立ったのだった。二度もこの椅子に座らせてもらったのだ。自分のお尻に感覚が残っていて、椅子ではいかに触感が大事であるのかが改めてわかったのだ。

 

なぜ前面が落としてあるのかという理由は、姿勢の問題であるとのことだった。わたしたちは、同じ椅子であっても、いろいろなところに重心を移して、様々な座り方をしている。深々とお尻を座面の後ろまで入れてしまう場合もあるし、横に足を投げ出して、背面を抱え込むような座り方をする場合もある。このような多様な座り方をする注文主に対して、椅子の作者はどのような対応を行うのだろうか。

 

前へ身体を倒すような姿勢で座る人は、働く人だ。仕事をするときに、ゆったりと座るより、多少前かがみになって、前方へ注意を集中できる方が良いだろう。前面を少し落とせば、座面へお尻を当てたときに、前の方で感ずることができる。仕事をする人にとっては、前面を少し落とした方が座りやすいと言える、とKさんはおっしゃるのだった。ここに、仕事を持って座る人と、椅子の作者との間に、何かが起こったのだ。ひとつの椅子には、それぞれのエピソードが貼り付いているのだ。

 

Img_7868 すっかりヒアリングの職人と化しているのだが、もうひと方、印象に残っている。番外篇でお話を伺うことができた。松本市の六区ストリートで、毎年「工芸の五月」催しが行われている。今回は、「素朴と洗練」と題して、目利きの方々が、生活の品々を出品し、言葉を寄せている。たとえば、デンマークのモーエンセンのモデルJ39が展示されていて、この椅子は「庶民のために、低価格で高品質な椅子を」と協同組合から依頼された椅子だと案内されていた。その中のM氏には昨年もこの場所で思わず喋りかけてしまった方なのだが、今年も幸運なことに偶然そうなり、質問を受けていただいた。

 

Img_7921 木工品の価格について聞いた。やはり、悩む問題だとしながらも、「最後はどこかで詰めなければならないですね」とおっしゃり、さらに少し考えたのちに、「その価格なら自分で買おうと考えるか」という価格ではないでしょうか、と教えてくださった。この答えは、これまでのヒアリンングでは無かった答えだった。意味深長な答えだと思う。たいへん参考になった次第で、感謝感激だ。

 

Img_7911 クラフトフェア二日目の午後には、各テントの中もだいぶ品が無くなり、終わりの近づいてきていることを知る。残した三人の方々の間を駆け抜けて、ヒアリングをこなした。テントを仕舞わなければならないところ、時間をとってくださった椅子作家の方々に御礼申し上げたい。

 

Img_7769 中町通りのグレインノートへ寄って、写真集をお返しして、ご夫婦に挨拶を行なった。少し休憩を取るために喫茶店「chiiann」へ行き、先日購入した木綿のトートバッグに書かれていたカステラをいただいた。右下に、Cの文字が見える。卵の種類がポイントなのだそうだ。Img_7772 Img_7770

2017/05/25

なぜデンマークなのか!

Img_2166 先日、デンマークデザイン展に行ってからなのか、それとも、それ以前からなのか。とにかく、デンマークがわたしの周りに迫ってきている。一つは北欧ミステリーに夢中になったのがいけない。今がそうだ。昨日、大学で出席しなければならない委員会があるので、行き帰りの電車の中で楽しめると思って家を出たのだが、文庫本を鞄に入れるのを忘れるという失態があって、一日中物足りない日になってしまった。こうなってくると、中毒症状が出ているという状態だと思われる。

 

張本人は、北欧推理小説であることはわかっているのだ。北欧ミステリーの特徴は、かなり長いところにある。この長さの中で、さまざまなことが起こり、読者へも重厚な影響を与える。読み始めると、他の活動がパタッと止まってしまうから、デンマーク尽くしなのだ。とりわけ、通勤列車の中では、本を広げている時間が長い。幕張までの片道2時間半、往復5時間は頭の中がほぼデンマーク状態が続いている。

 

きっかけは他の北欧推理小説ファンと同じように、小説「ミレニアム」からなのだ。これは主として、映画とテレビドラマから入ってきたから、映画趣味の延長線上にあって、推理小説そのものに没入するとは異なった経験だったかもしれない。椅子の作家の方々と付き合うようになって、松本のSさんが木工の傍、北欧ミステリーが良いのだ、とおっしゃったのが、やはり書籍版への没入のきっかけだったと思う。そして、我がホームライブラリーであるK大図書館には、おそらくかなりの北欧ミステリーファンがいて、書棚にズラっと揃えていてくださったことが効いている。

 

Img_2167 これらを渉猟する中で到達したのが、ユッシ・エーズラ・オールソン著「特捜部Q」シリーズだ。映画で言えば、シリーズものは当たり外れがあって、ミステリーでシリーズが成功している例はあまりない。このシリーズも、映画が作られて居るが、別物だと思われる。テレビの「ミステリー」チャンネルをよくみるが、ここでは、オックスフォードものや、ケンブリッジものがあって、これらには必ず有名な建物や路地が出てきて、観光で行ったところを思い出して見てしまう、というドラマはいくつかある。これをミステリーとしてみているのかは疑問が残る。これと同じで、書物ミステリーと映画ミステリーは同一視できない。

 

特捜部Qシリーズは現在のところ、6冊が出ている。デンマーク社会の置かれている状況というものが伝わってくる、この現代性が秀逸だ。主人公が島をいくつか通って車を運転していくと、スウェーデンの警察署についてしまう。言葉は違って、民族も異なるが付き合わなければならない状況が見えてくる。それから、第5弾「知りすぎたマルコ」では、マルコという少年がロマの泥棒集団で育って、事件に巻き込まれていくのだが、このような大親族を形成する泥棒集団が容易に、イタリアを始め各国をめぐって住むことができる。これは、現代のEU社会の特質を表している。デンマークでは隣に居る人びとの民族性がまちまちで当たり前なのだ。このような現代的特徴を持ったデンマーク社会を的確に描いている。

 

特捜部Qで最も面白いところは、主人公の警部カールと謎の過去を背負って居る助手アサドの掛け合いだ。それに加えて、女性の同僚ローセが多重人格者で、このすれ違い、軋轢、性格の合わないところがかえって凄いところなのだ。どうしても、チームを組織論的にみてしまう、職業病的なところがあるのだが、三人ともに、かなり個性的で、性格に欠陥を持っていて、それぞれ自分勝手に捜査に望むところがある。このバラバラ感がたまらない。わたしたちは日本社会にあって、かなり規律の厳しい社会にあることを自覚している。ところが、世界は広い。ちょっと羽目を外しても、十分に成り立つ社会があるのだ。どの程度まで、警察官が羽目を外しても良いのか、どの程度ならば、法的に許されるのか、道徳的に許されるのか、ギリギリのところが描かれている。

 

文脈の中で面白さが出てくるのであって、このように切り取ったとして、何が面白かろうとは思うのだが、ちょっとだけでも書きたくなってくる。アサドは言う。

 

「カール、私は犠牲になった女性がアンヴァイラーの恋人だったという話そのものが信じられません。それが事実だったとして、なぜアンヴァイラーは彼女を殺さなければならなかったんです? 動機はなんです? 報告書によると、かっとなって殺害したと見られています。でも、何を根拠としているんでしょう? 事件当時、船から叫び声がしたそうですが、誰の声かはわかっていません。ひょっとしたらミナ・ヴィアクロンはホイットニーに合わせて歌っていただけかもしれません。カール、市場でラクダがいっせいに吠えるのを聞いたことありますか?」カールはため息をついた。まったく、ろくでもない事件だ!しかも、やらせてくれとこっちから頼んだわけでもない。それなのに、どうしてこんな事件のことを、いつまでああだこうだと言わなくちゃならないんだ!

 マサドはしばらくの間、無精ひげの生えた黒いあごを手で支えていた。「アンヴァイラーの前科を見ると、それほど馬鹿でもないんじゃないですか? どれもかなり複雑な犯罪ですよね」

「ああ、少なくとも最後のネット取引の詐欺はそうだな。だが、その事件でこいつは投獄されたんだよ」

「それでも、カール、馬鹿だとは言えませんよ。それなのに、コペンハーゲンに自分から舞い戻ってくるなんて、変だと思いませんか? 事実だとしたら、わずか一年半前にこんな方法でひとり殺害しているんですよ。おまけに、知人にマルメの住所を教えたりするでしょうか? ありえません。カール、いいですか、飼い葉桶の前にいるラクダは子供を産みません」

 カールは両の眉を引き上げた。やれやれ、時間がかかったが、あのアサドがようやく帰ってきた。わけのわかならないラクダのたとえ話がまた聞けるようになった。

 アサドは辛抱強くカールを見つめていた。「カール、わかっていないんですね。何かが根本的に間違っているときに、そう言うんですよ」

 カールはうなずいた。「オーケー。つまり、目下のところ、おまえはあらゆる点からアンヴァイラーは無実だと考えているわけだ。そうだな?」

 「はい、突然ラクダがもう一頭やってこない限りは」

 ローゼはロブスターみたいな色になって戻ってきた。その首から上ときたら、まるで強風にあおられたドイツ国旗みたいだった。上のほうでははためく黒い髪と黒いマスカラ、その下にロブスター色の顔、さらにその下には黄色いスカーフ。

 「おや、いい色になったじゃないか、ローセ」カールはそう言って、アサドの隣の椅子を指した。五月の太陽は油断ならない。ローセのような青白い肌には容赦なく照りつける。明日になったら痛いぞ。注目されること間違いなしだ。

 「ええ」ローセは燃えるような頰に手をやった。

 

Img_2168 この三人は、個人としてはバラバラで、それぞれ好き勝手をやっているように描かれている。けれども、そのバラバラに行っていることが、いずれ結びついてきて、集団としてはチームとしては、成果を上げてしまう。このような組織論的な理想状態として、特捜部Qは描かれていると思うのだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。